永遠の花 第7章

〜 5 years ago 〜  Squall side



もう、自分に嘘はつけなかった。

何よりも、これ以上「あなた」に嘘をつけない。

いや、あなたに嘘を「つき通すこと」が出来ない。

「本当のこと」を知られてしまうのが怖いの。

あなた、もしかしたら知ってるのかもしれない。

いや、知らないのかもしれない。

どちらか分からないから、余計に辛かった。

知らないでいて欲しい。





最後まで、わがままでごめんね。


ありがとう。


愛してる… 







永遠の花<第7章>




スコールは自室から学園長室へ向かおうとしていた。

もう荷物はまとめてある。
手持ちの荷物だけを持って、学園長室で卒業証書を受け取ったあと、リノアとバラム駅へ向かう予定だ。

今まで過ごしたこのガーデンを今日出ていくと思うと、なんだか不思議な気持ちになった。


この学生で賑わう廊下や、案内板もこれまでのように見ることはないと思うと、今まで以上にこの目に焼き付けておかなければ……そんなふうに感じた。

緊張した面持ちで、スコールは一人エレベーターに乗り、学園長室のあるフロアに着くのを待った。

このエレベーターは、スコールが幾度も溜め息をつく場所だった。

(学園長に呼び出されるたびに、ここで溜め息をついていたな……)



17歳のとき、学園長このガーデンの指揮を命ぜられた。

初めは他人の荷物を背負わせられるのが嫌だった。

しかし、だんだんと、自分が人の荷物を背負っているだけではなく、互いに支え合っていることに気づくようになった。

(……でも、やっぱり学園長に呼び出されるたびに溜め息はついていたな……)

SeeDだから任務を命じられるのは仕方ないことだが、世界中飛び回る彼にとって、リノアと過ごす時間が減ることが溜め息を募らせた。

SeeDになる前、候補生時代、一般学生時代のころから、サイファーにからまれて問題を起こす度にここに呼び出された。

サイファーと喧嘩して傷だらけのスコールにいつも学園長は笑顔で諭した。


「スコール、強くならなければいけません。強くなるために、時に我慢は必要ですよ。いずれ、君にも分かる時が来ます……」

『いずれ、君にも分かる時が来ます……』

司令官になったとき、それまで言われていた言葉の意味がわかった。

『スコール、これは君の運命なのです』

始めから決まっているみたいに言わないでくれ、そう思っていた。

全て運命に仕組まれたものなのか?

自分がここで訓練を受けているのも、今戦っているのも、何かによって決められたことなのか……?

そんなふうに考えが巡るのを避けるため、スコールは自分の思考を停止させた。



到着を告げるベルが鳴り、ドアが開いた。

学園長が部屋の真ん中に立っていた。





その日はバラムの空は高くて青く透き通っていた。


「スコール。君は今までよくやってくれました。いよいよ旅立ちの日です……

記憶があるころから、遠目で自分を見守っていた学園長。

少し老いた気がするのは、自分が成長した証とでも言えるのか。



シド学園長は卒業証書を取り出した。

そこには、スコールの名前と卒業を証する文面、そして、バラム・ガーデンの校章が記してある。



スコールは姿勢を構えた。




大空を白い鳥の群れが横切った。









「スコール・レオンハート。貴殿はバラム・ガーデンを卒業したことをここに証する」




シドははっきりと証書の文面を読み上げた。


そして、スコールの方を向くように証書を持ち変え、彼に差し出した。



スコールはそれを両手で受け取る。






受け取ったそれを脇に抱え、一礼した。



そして最後にSeeDの敬礼をした。





アルティミシアとの戦いのあと、時の狭間に迷い込んで、過去に行ってしまった自分が、イデアに見せたことをきっかけに、この敬礼が出来たらしい。





「スコール。情けない先輩ではありますが……元魔女の騎士として………」




「スコール、君は強くならなくてはいけません」


それは幼少のころから言われていた言葉だった。

アルティミシアと戦い、過去に戻った自分がイデアと会ったときをきっかけに、彼女はSeeDを育てると言い出したそうだ。


自分がやがてガーデンを指揮することも、決まっていた運命だった。


来る決戦の日のために、自分はガーデンで育てられた。


どんな運命にも負けない、強い戦士になるように。


あんなに問題行動を起こして、放校処分になってもおかしくないのに、学園長が意図的にそうならないように配慮していたように思える。

これも、自分がガーデンを指揮する運命にあったからだろう。

そう、自分がこのガーデンでやってきたことは、ただ運命の標に従って、成すがままにやらされてきたこと。

スコールは幼少の頃から、成績はトップだったのに、SeeD選抜試験を受ける認定を受けることが出来なかった。
問題行動が多いからと教員からは言われていたけれど、本当は世に魔女が現れるまで待つためだったのでは……?

同じように問題行動を起こしていたサイファーは、万年SeeD候補生だった。

(試験もあの調子だから毎年落ちていたが……)

スコールは試験を受ける許可さえ下りていなかった。


SeeDになると命の危険性を伴う任務を追うこともある。SeeD実地試験も実際の戦場で行われるため、それは同じだ。


スコールはガーデンを指揮するし、魔女を倒す運命にあったのだから、それまでに命を落とすわけにはいかない。

来るべき日のために、スコールを強いSeeDに育てる。

そのような学園長の意図があったのだろう。


そう、全ては定められた運命だったのだ。


『やがて、君にも分かるときが来ます』


過去に迷い込み、イデアに出会ったとき、学園長に言われ続けた言葉の意味がようやく分かった。



けれど、これからは違う。




ガーデンを旅立ち、学園長も知らない運命が待っているのだ。

(いや、運命は自分で切り開く……)

「君は、魔女と騎士の契約について考えたことがありますか?」

学園長は突然問いかけた。

(?)

魔女の騎士は、魔女の身もその心も守るーーー
たとえ世界を敵に回してもーーー
そう思って、これまでやってきた。
これからもそのつもりだ。

「自分なりには..........」
スコールはそれしか言えなかった。自分の考える魔女と騎士の契約を口に出せるほど、彼は言葉を持ち合わせてなかった。

シドは彼の言葉に安心するように笑った。

「ここを出た後の.......先の人生は長いですよ。スコール。.......ここからが君たちの人生のはじまりと言ってもいい」

「何が起こるか、わからない.........。今はこれでいいと思っても、思わぬ事態に振り回される。望んでいない未来がやってくるかもしれない」

「そんなとき、魔女と騎士の契約に従うのです。......私とイデアがそうでしたから.......」

望んでいない未来というのは、イデアが魔女アルティミシアに操られたときのことだろう。そのときシドが起こした行動は、育てた子どもたちに自分の妻、守るべき魔女を倒させることであった。

なぜそんなことができる?
自分が同じ立場だったら.......?
無理だ。できるわけない。

(止めよう。頭が拒否する)

「結果的には、イデアも君たちも失わずに済みました。君たちには本当に感謝しています」

.........シド学園長が俺たちに魔女討伐を命じた、それをさせた彼らの『魔女と騎士の契約』とは、どんなものだったのだろう。
スコールは、ふと思った。

「……ただ、君には逃げ出して欲しくないのです。……私は、イデアが悪に染まったとき、君たちに押しつけて、逃げ出してしまいました……。君にはそうなって欲しくないのです……」



「……暗い話をするのはやめましょう。大丈夫ですよ。スコール。君ならきっと出来ます」

学園長はにっこり笑って言った。

「イデアが君に会いたがってます」

スコールはドアから人の気配を感じた。


「スコール……」

優しく呼びかける女性の声。

昔と変わらない……懐かしい記憶。

スコールは振り返った。




黒髪を揺らし、黒色の服を纏い、こちらに歩み寄る女性…… 

「ママ先生……」

「……スコール。……今日は卒業の日ですね。………今日は別れの日でもあり、旅立ちの日でもあります」

「あなたは立派に育ちました。……あなたは運命に負けませんでした。これからも、きっとそう……」

イデアはスコールの右手を取った。

「スコール、あなたは一人ではありません。……離れていても、仲間がいます。……それを忘れないで………」

イデアは優しくスコールを抱きしめた。
幼い頃、そうしてもらったことがあったような気がする。
血の繋がりはないけれども、確かに自分を愛してくれた人たち……

イデアは身を離し、スコールの頭を撫でた。

「身体に気をつけて……。リノアのこと、頼むわね………」

二人を前に、最後にスコールは敬礼をした。

この敬礼は、イデアが考えたらしい。
ガーデン設立のときには、すでに決まっていたとか。


「学園長、そろそろ会議のお時間が……」

ドアの向こうからガーデン職員の控えめな声がした。

「ええ」 

シドはその呼び掛けに、頭を掻きながら応え、その職員と一緒にエレベーターの方へ消えていった。


学園長室には、スコールとイデアだけが残された。


スコールは一人俯いていた。

「スコール……?」

イデアは心配そうに彼を覗き込んだ。


スコールの瞳は切なく揺れていた。
いつだったか、幼いときのエルオーネは言っていた。「スコールは、仔犬のような瞳をする」と。
「きっと不安なんだろう」と。

彼の目はまさしくそれだった。


「……どうしたのです?」


「ママ先生……少し、話を聞いてもらえませんか」
イデアは内心驚いていた。普段、このようなことを言い出す彼ではないから。

「わかりました。話してください、スコール」

スコールは床に目を伏せ、言葉を紡ぎ出した。

「……時々、不安になるんです。……ある日突然……リノアが消えてしまうのではないかって…………」


スコールは表情を苦しそうに歪めながら言葉を続けた。

「………俺には……リノアが何を考えているのか分からないときがあるのです………」


「……スコール…それは………」

魔女にある孤独や悲しみ…そう言ったものがあるということを、イデアはスコールに伝えようとした。
「大丈夫、あなたがいれば、心配ない」と伝えようとした。

しかし、その言葉をスコールは予想していたのか、拳をぎゅっと握りしめて、イデアの言葉を遮った。

ぶるっと彼の肩が震えるのがわかった。

さらにスコールは言葉を続けた。

「・・・・・・時間圧縮の中で何があったのでしょうか。あまり思い出せません。アルティミシアを倒して、昔のママ先生に会って、そこからどうやって今の時代に来たのか・・・・・・気づいたら、リノアと一緒に孤児院の花畑にいたんです・・・・・・」


「意識を戻す前、いったい時の狭間で何があったのか・・・・・・・・・」

スコールの蒼い瞳は、苦しみに震えた。
拳を強く握りしめた。

「俺は………自分が怖い…………何か取り返しのつかないことをしてしまった気がして…………」


スコールの肩は小さく震えていた。


「……スコール、落ち着いて…………」


イデアは彼の肩を擦りながら言い聞かせる母親のようだった。


「………悪いことを口にすると本当になるわ………」


「…………だから何も言わないで………」


「………何かを受け入れるのに必要なのは、強さだけではない……ときに時間も必要だわ。きっと、この不安もいつか解消される日がくる。それまで、辛抱強く待つの..........」

イデアはスコールの薄茶色の髪を撫でた。
スコールは少し落ち着いたのか、顔を上げた。
それにイデアは安心した。

黙ったまま、エレベータに乗り込み、両扉が閉まって消え入る彼の背中を、イデアは心配そうに見つめていた。

(……魔女の騎士とは、魔女を護る者………そして、もしその力が抑えられなくなり、魔女が自身を保てなくなったら……………)

騎士の意味について、後者の役割について、スコールに言ったことがなかった。

教えることが出来なかった。
スコールのことだから、この先の人生の中で、きっと気づいてしまうだろう。自分で気づくことの方が望ましい。
そのときのことを考えると心が苦しかったが、仕方なかった。

(でもね、あの契約こそ、魔女を救う方法なのよ)

自分の夫が、かつて自分が暴走したとき、SeeDを送って倒そうとしたように。
魔女の騎士には、魔女を護るだけではない使命があった。


(・・・・・・・・・スコール・・・・・・。あなたの物語を終わらせなさい。いや、受け止めなさい)


(たとえそれが「誰かの」悲劇の幕開けだとしても)




エレベーターは1階に着き、それを知らせるベルが鳴った。

ドアが開くと、入口先の案内板に立つリノアの姿が見えた。

リノアは小さな籐のバックを肩に掛け、茶色のレザーの旅行鞄を下げている。水色のワンピースに、踵の低いサンダルを履いていた。

「リノア、待たせてしまったな。すまない……」

リノアは首を横に振り、微笑んでいた。

「列車の時間もあるから……行こうか」

スコールは自分のスチール製のトランクと彼女の旅行鞄を持った。


旅立ちの日の午後の日差しは強かった。


外に出ると、リノアは日傘を差して歩いた。


スコールは、自分が育ってきた場所を、少し特別な気持ちで眺めた。 



リノアはどうしているかと言うと……日傘を差しているから分からない。



校門前には、手配した黄色のタクシーが止まっていた。



運転手に鞄を渡して車のトランクに入れてもらった。



リノアは先に運転手に案内されて、後部座席の奥に乗り込んだ。



スコールは最後に、ガーデンを見上げた。



5歳の頃から自分はここで育った。

ここを巣立つという実感はいまいち湧かないが、そういうことらしい。

でも、確かだと言えることは、ここは自分が育った場所だということ。



卒業しても、ここへ来れば自分を迎えてくれる人がいるということ。



自分を見守り、育てた人がいるということ……




スコールは、最後に青い空とそこに浮かぶ雲を映すメタリックな建物を目に焼き付けた。


定時を告げる鐘の音も心地よく聴こえた。



そして、彼はタクシーに乗り込んだ。

[newpage]



バラム駅に人はあまりいなかった。




スコールは売店で飲み物を買った。

一つは自分が飲む缶コーヒー、もう一つはリノアが飲むミルクティーである。



リノアにミルクティーを渡すと、携帯電話が鳴った。



着信は……ティンバー軍総本部からである。


ホームの端まで歩いて、電話に出た。



リノアは腕に掛けた華奢な時計を見て、ホームの中央部に立っている。



     *    *    *



あのとき……




バラム駅のホームで




彼女がどんな表情をしていたのか分からない




彼女をティンバーに連れていって、一緒に暮らしていれば、きっと彼女の心の曇りも晴れるだろう。

今考えると、単純な思考だけど、そう思っていた。

ホームにティンバー行きを報せるアナウンスが流れる。

スコールは電話を切り、リノアの元へ近づいた。


彼女が「スコール!早く!」と言っていた。


少し走って、リノアのところへ着くと、彼女はスコールのトランクを彼に渡した。


「危ない危ない。乗り遅れちゃうよ」

笑いながらそう言った。


列車特有の機械音がだんだん近づいてくる。



ちょうど二人のいるところに、ドアが止まり、自動扉が開いた。




スコールは先に乗った。




スコールは重いであろう荷物をリノアが持っていることに気づいて、後ろを振り返った。


彼女はドアの手前に俯いて立っていた。




「ダメだ……」


「……行けないよ、スコール………」


リノアは俯いた顔を上げた。

そして、突然スコールに抱きついた。

スコールは慌てて彼女を受け止める。




被っていた白い帽子が、宙を舞い……




ホームの冷たいコンクリートの上に落ちた。



強くリノアはスコールにしがみついた。

スコールは戸惑いながらも彼女髪を撫でた。


「……わたし…、行けない………」


掠れた声でリノアが彼の首もとで呟いた。

「………リノア?」

スコールが戸惑いながら彼女の名を呼ぶ。


「………っ……スコールと………っ、一緒に………いられない………」



嗚咽混じりでリノアは確かにそう言った。


スコールの肩に埋めていた顔を彼女は上げた。その黒曜石の瞳には涙が溜まっていた。



発車を報せるベルがけたたましく鳴り響いた。




「……ごめんね………、ありがとう………」


彼女は最後に笑おうとしていたのだろうか。

細くなった瞳の端から、一筋の涙が零れ落ちた。


ドアが閉まろうとすると、彼女は身を離し、車内からホームへ飛び下りた。







そしてすぐに、改札口の方へ駆けていった。


ドアは完全に閉まった。


スコールは窓ガラスから、リノアが駆けていくのをただ見つめていた。


涙を拭いながら、ときどき人にぶつかりながら走るリノア。



独特の機械音を高鳴らして、列車は動き出した。



それが、彼女を見た最後だった。


スコールはただ茫然と壁にもたれ掛かり、その場を動かなかった。


一緒にいられない………



その言葉がずっと頭の中に響いていた。


彼は何が起こったか分からないでいた。




最後に、彼女が自分の胸から離れる瞬間、何かを胸ポケットに忍ばせた。


スコールは茫然としたまま、胸ポケットに入れられた何かを取り出した。



それは……



シルバーの指輪だった


獅子の形が刻まれ施してある。




いつだっか、彼女に渡った自分の指輪だった………


『かっこいいもんね、これ。なんてモンスターがモデルなの?』


あの日……魔女イデアと戦う前のことだった。

リノアはいつの間にか手にしていた指輪を見せて言った。


『モンスターじゃない。想像上の動物……ライオンだ』

『とても強い。誇り高くて……強いんだ』

強くなることを決意し、いつでもこの指輪にそう誓っていた。

『誇り高くて……強い?スコールみたく?』

リノアが手にした指輪とスコールの顔を見合わせて言った。

『そうだといいけどな』


フッと息を吐いて、宙に手を軽く仰いでみせた。


スコールは、揺れる車両の中で、ポケットから取り出した指輪を取り出し、左の掌に乗せた。


自分の元に戻ってきた『それ』は、彼女との完全な別れを意味していた。

『わたし、スコールの大切な物あずかっているから』


『それ、ちゃんと返さないでいなくなるなんて、できないもん』



永遠の花 第8章》へ続く