永遠の花 第19章






魔女は人々の歴史、そして記憶に現れ、消え、また現れ……それを繰り返してきた。
魔女が姿を消している間、人々は魔女を畏れ、その魔力が人々に向かないことをひたすら願った。
しかし、心の何処かで、その超越した『偉大なるハイン』の末裔の力に憧れていた。
やがて、その憧憬心は、欲望へと変わっていった。

魔女の力があれば、この病を治せるのではないか?
魔女の力があれば、この厳しい自然に立ち向かうことができるのではないか?
魔女の力があれば、この他の民族との争いを収められるのではないか?
魔女の力があれば、全知全能の力を授けられるのではないか?

魔女の力があれば、神に代わって、この世界を手に入れることができるのではないか?


姿を消していた魔女は、時に歴史の舞台へと引きずり出され、利用された。
安らぎ、温もりを失ってしまった魔女の心は、冷たく、人を憎むようになった。
これまでに魔女を巡る数々の大戦が起こった。
多くの犠牲が生まれ、人々は魔女を憎み、恐れた。

魔女はその後、行方を眩ました。


 歴史に現れた魔女の行く末はどうなるのだろうか?

魔女アデル、魔女イデア....

それはこれまでの史実が明らかに示していた。


  ◇  ◇  ◇


アーヴァインとの通信を切った後、スコールはシャワーを浴びた。
ベッドでの余熱は、冷水を浴びると、みるみるうちに冷めていった。

彼は、シャワーを浴びながら「歴史に現れた魔女の行く末」を考えていた。


リノアの拉致を試みたのは、エスタの人間だった。
クーデターの首謀者であるジョセフ・ロバートも共犯であった。

しかも、そいつらはリノアが魔女であることを知っていた。

魔女リノアは、海洋探査人工島で封印されていることになっているのに!

(どうして知っているんだ?)

(・・・・・・ここで考えても仕方ないな)

スコールはシャワーの栓を止めて、シャワールームを出た。


 ◇ ◇ ◇

 衣服を身につけたスコールは、再び自分の寝室へと戻ってきた。
いつもと変わらないベッド、カーテン、ブラインドの隙間から差し込む月明かり。

ただ、ひとつ違う点は、ベッドに横たわる女性の存在である。

彼女はすうすうと寝息を立てて眠っている。

その頬は差し込む月明かりに照らされ、白い陶磁器のようであった。


・・・・・・・・・・・・。


スコールはベッドの傍らに片膝を着き、何も言わずリノアの寝顔を見つめた。


(・・・・・・・・・これからどうする?)


ベッドに腰掛け、スコールは自問自答した。

リノアは何者かに狙われている。

その事実だけは明らかだ。

そして、もうひとつ明らかなのは、リノアを狙う者に、エスタの人間が関わっているということだ。


・・・・・・・・・・。


彼女の少し開いた唇、そこから漏れる息づかいが伝わってくる。


・・・・・・・・・・。


かつては見慣れた彼女の寝顔。

ガーデンにいた頃、リノアの寝顔を見ていると、愛おしさと同時に切なさがこみ上げていた。

その切なさは、いつも、ある記憶を呼び戻した。


今から、8年前のこと。
まだ、彼女への気持ちに自分自身が気づいてなかったときのことだ。
ガーデンの保健室のベッドで目を開けることもなく、自分に笑いかけることもなかった彼女の姿。
この記憶を思い出すと、胸が締め付けられる。


スコールはあのときの感覚を思い出した。
何も言わず、リノアの寝顔を見つめる。


(・・・・・・・・・俺は、どうしたらいい?)

心の中で問うが、もちろん彼女にこの声が聞こえるはずはない。規則正しい寝息だけが聞こえた。


(・・・・・・・・・リノア、どうしてあのとき、行ってしまったんだ?)


ここまで問うたところで、スコールは溜め息をついた。
スコールは、片手をリノアの頬に当てる。

手のひらから彼女の温もりと、呼吸のリズムが伝わってくる。


(・・・・・・・・・立ち止まっていても仕方が無いよな?)





(・・・・・・・・・エスタに行こう)



スコールは心の中で呟いた後、部屋の片隅に置かれたガンブレードを鞘から取り出した。
月が映るその刃を、彼は黙って磨いた。


    *  *  *


 昨日の慌ただしさ、そして、昨夜の熱さとは打って変わって、この日の朝は静かであった。
雲はなく、眩しい陽光がブラインドの隙間から差し込んでいた。


スコールは床に座り、ベッドに背を預けたまま眠っていた。傍らには磨き上げられたガンブレードが横たわっている。

リノアは目を擦り、シーツから身を起こした。


未だぼんやりとした意識の中、リノアは少しずつ、昨日の記憶を掻き集める。


何も分からず、攫われた恐怖。
恐れられ、怖がられ、信じていた人に罵られたときの絶望感。

心が壊れてしまいそうになりながらも、すがるように彼の首に手を回したときの感覚。
優しいけれども、情熱的な口づけ。


思い出すと、身体が熱くなる。それと同時に、罪悪感が彼女の胸の奥に広がる。


「・・・・・・・・・・・・目が覚めたか?」

リノアが身を起こす気配に気づいたのか、スコールが座っていた床から立ち上がった。

リノアは自分が何も身に纏っていないことが恥ずかしくて、胸元にたぐり寄せたシーツをぎゅっと強く握った。

「・・・・・・・・・支度が出来たらホテルまで送る。その前に、シャワーを使うといい」

スコールはそれだけ言うと、寝室から出て行った。


  ◇  ◇  ◇

ティンバー・セントラルホテルへ向かう車の中でも彼らは一言も話さなかった。
信号で待たされようとも、通勤ラッシュの渋滞に少し巻き込まれようとも。
2人は出会った頃のような、少年少女ではなかった。


リノアが「戻りたくはない」と言い出さないかと、淡い期待を持った自分を心底馬鹿馬鹿しいとスコールは思った。
今のリノアは落ち着いて見えた。
俯かず、フロントガラス越しに前を見つめる姿は、もう自分には会う事は無いと決意を示しているかのように見えた。

          
  ◇   ◇   ◇


スコールはセントラル・ホテルのロビーに車を寄せた。

チェックアウトが重なる時間よりも少し早い今、ロビーに人は少ない。

部屋まで送る事をスコールは申し出たが、リノアはここで大丈夫だと言った。


スコールは車を降りて、リノアが乗る助手席のドアを開けた。
彼女は落ち着いた様子で車を降りた。

「ありがとう」
そう言って彼女はスコールを見ると、正面玄関に入って行った。


スコールはリノアの背中が正面玄関のドアに遮られて、消えてしまった後もみつめていた。


 ◇  ◇  ◇


「………レオンハート准将?」

車の前で立っているスコールに壮年の男性が話しかけた。

彼はティンバーのガルバディア大使であるロンメルという男だ。

「ロンメル大使………」

スコールは驚いた。なぜ彼がこんな時間にセントラル・ホテルのロビーにいるのだろう?

スコールの驚きを読み取ったのか、ロンメルは穏やかに微笑んだ。

「今日こちらへ参りましたのは、お嬢様をお迎えに上がるためです」

「………………?」


クーデターが起こって間もなく、ガルバディア大使館に爆発物が投げ込まれた。
治安維持の理由で、ジョセフ・ロバートを仲介して、カーウェイ総帥令嬢の保護はティンバー軍に委託されたのだ。
それに合わせ、このロンメル大使の身柄もティンバー軍第四部隊が預かる事になったのだ。


「はい、お嬢様の保護をティンバー軍へ委託したのは、クーデターの首謀者のジョセフ・ロバート氏の計らいです。まったく、恐ろしい事です。昨夜、カーウェイ総帥から、再びガルバディア大使館にお嬢様の保護を任せると通達がありました」

「………そういうことだったんですね」


「はい………ですから、お嬢様にはお手数を掛けてしまいますが、再びガルバディア大使館へお戻りいただきます」


「………レオンハート准将はどうしてこんなところにいらっしゃるのですか?」


「いや、大した事はないです」
スコールは遠慮がちに答えた。

「そうですか。クーデターもこれで収まりそうです。落ち着いたらガルバディア大使館の方にもいらしてください」

「……はい。そうしたいところですが、これからティンバーを出るところなんです………」

「外国へ行かれるのですか?」


「はい………エスタです」


「…………エスタ、ですか」
ロンメル大使は驚いたように息を吐いた。
依然、鎖国状態を続ける《沈黙の国エスタ》
噂では、バラムガーデンの関係者の一部のみが入国を許されると聞いている。

大使は、レオンハート准将が不在になると聞き、その瞳を不安の陰で曇らせた。
ティンバー軍は信頼できなかったが、このレオンハート准将は、リノアの身を何より案じてくれるということで信頼できたからだ。

ロンメル大使の思惑が伝わったのか、スコールは口を開いた。
「そんなに長い滞在にはなりません」

「・・・・・・・・・大使、自分はこれで失礼します」
スコールは丁寧に頭を下げ、車に乗り込んだ。


   ◇  ◇  ◇


リノアはセントラル・ホテルの自分の部屋に戻ってきた。

「……………………っ」

ドアに凭れ掛かりな;がら、座り込んだ。

そして泣いた。


スコールにロビーまで見送られ、カウンターで鍵を受け取った後、ここまで必死で涙を堪えてきた。



昨夜、スコールの腕の中で、リノアはこのまま死んでもいいと思った。

時が止まってしまえばいいと思った。

しかし、時間は残酷で、無情にも過ぎていく。

傷つき、ばらばらになったリノアの心は、彼にキスをされる度、彼の体温を感じる度に、少しずつ戻っていった。

今夜だけ、今夜だけなのだ。

明日の朝になれば、再び彼のいない生活が始まる。でも、それでいいのだ。

そう言い聞かせた。


今朝、彼のベッドで目を覚ました後、スコールは自分のことを気遣ってくれた。

嬉しかった。泣きそうなくらいに。

でも、これ以上優しくされると、「帰りたくない」と言ってしまいそうだった。

だから、今朝は素っ気ない態度をとった。


本当は彼の前で笑いたかった。
そして、彼の胸に飛び込んで、「ずっとあなたのそばにいたい」と言いたかった。

それも叶わぬ夢。

必死で自分を堪えて、枷が外れ、溢れ出したその涙は、しばらく止むことはなかった。

  ◇  ◇  ◇

そのとき、彼女の部屋のチャイムが鳴った。

リノアは慌てた。
急いでハンカチを取り出して涙を拭った。

そして、ドアを開けた。


「ロンメルおじさま…………」


ドアの前にはロンメル大使が立っていた。

「お嬢様、お父上から連絡が入りました。お嬢様は、今日からガルバディア大使館の方へお泊まりになるようにとのことです」

ロンメルはそう言いながらも、リノアの様子がいつもと違う事に気がついた。
彼女の目は赤くなっていた。

「………お嬢様?」


「…………分かりました。すぐに支度をします」

リノアは泣いていたことを気付かれないように、ロンメルに背を向けた。
そして、残った涙を手で拭った。


「……………………」
何かあったのだろうか。
ロンメルは心配そうにリノアの背中を見ていた。

リノアはバックにポーチやハンカチを入れた。

「車に乗せて行く荷物はこれです。残りはポーターに持って行ってもらいます」


「ええ、かしこまりました。近いうちに、ガルバディアに戻れますよ。そうですとも、帰りましょう。ガルバディアに」

ロンメルは優しく微笑んだ。
その笑顔に安心したのか、リノアの瞳には涙がぶわっと溜まった。

「………?……お嬢様?」
ロンメルは困惑した様子でリノアに尋ねた。


リノアは子どものように嗚咽を漏らしながら泣いた。

ロンメルは困った様子ながらも、彼女の肩をさすった。

リノアのことは、彼女が小さい子どもであったころから知っている。
彼女は学生時代からの親友であったカーウェイの娘であったから。
自分の家には子どもはいなかった。
そのためか、彼女のことを自分の子どものように可愛がっていた。

リノアは、よく笑ってよく泣く子どもであった。

彼女の母親が亡くなった後、父親のフューリー・カーウェイは多忙を極めた。
父親にも甘えられなくなった少女に対し、自分はよく遊び相手をしていた。
泣いた時はきまって、こうして宥めていたのだ。

「何かお辛いことがあったのでしょうね………。大丈夫です。辛い事はいつまでも続きません。必ず終わりが来ます」

リノアはただ泣いた。

ロンメルは嗚咽を漏らして泣くリノアの肩をさすりながら考えた。


(悲しいことをよほど我慢しておられたのだろう…………)

一体何があったのか。

ロンメルは先ほど、玄関先で会ったスコールのことを思い浮かべた。

レオンハート准将とリノアは、彼がSeeDだったころから知り合いだったと聞いている。

(…………………………)


彼女の涙はあのレオンハート准将と何か関係しているのかもしれないと、ロンメルは悟った。

自分が立ち入る事の出来ない『何か』が、この2人の間にはあるのだと思った。

リノアはガルバディア軍の最高責任者の娘であり、スコールはティンバー軍の若き将校。

ロンメルは複雑な想いで、彼女が泣き止むまで見つめていた。


     *   *   *


リノアをセントラル・ホテルに送り、スコールはティンバー軍総司令部にそのまま向かった。
昨日のガルバディアのクーデターであるジョセフ・ロバートを捕えたことを報告するためだ。
彼は、総司令部の将校達が集められる大広間に居た。
そこは、重厚な木製の机と、革張りの一人掛けの椅子がコの字型に配置され、26名の将校たちが座っていた。
スコールはこの広間の入り口の前に立っている。
年寄りの将校たちを前にして、スコールは淡々と報告を続けた。


ジョセフ・ロバートやアレン・ロバートのこと。エスタと思わせる装備をしている者がいたということ。
自分がデリングシティで倒したジョセフ・ロバートのモンスターと化した影武者についても報告した。

フューリー・カーウェイ令嬢を無事に保護したことも伝えるが、もちろん彼女が魔女であり、暴走したことは伏せておいた。

(俺たち16部隊があの現場に駆けつけたときには、全てが『終わったあと』だった。魔女の力が暴走したことは間違いないが、「誰が」あの破壊行動を起こしたのかは俺とアーヴァイン以外には分からないはずだ)

(これで終わったとは思えない・・・・・・・・・本当に、何が起こっているんだ?)

報告の終わりを示す敬礼にも、力が入った。
そんな僅かな変化は、誰にも気づかないのだが。

(自分の目で確かめるしかない・・・・・)


「大変恐縮ですが、ここでひとつご相談があります」

普通なら、部屋から引き下がるところを、スコールはこの部屋にとどまった。

「エスタの装備をした者が昨日の拉致監禁事件に関わっているとなると、国をまたいだ動きがあるように考えられます」

「そこで、これからエスタでの諜報活動を許可していただきたいのです」

この突然の申し出に対しては、さすがに上層部の人間も驚いていた。

将校たちは、互いに顔を見合わせていた。
このような無鉄砲な申し出は、スコールから出ることは一度もなかったからだ。

皆が何かを言い兼ねていると、部屋の一番奥から声がした。

ダグナー統帥であった。

「…………首謀者が捕えられたばかりだ。反ガルバディア勢力は已然残るだろうが、立て直しに時間がかかるだろう。その間に、次の手を考えておきたい。情報も必要だ。・・・いいだろう、許可する」

その言葉に、その場にいた誰もが押し黙った。


「ありがとうございます」
スコールは敬礼をした。

ダグナー統帥は、席を立ち、スコールの横を通り過ぎた。

「期限は今日含めて4日だ。エスタとジョセフ・ロバートをつなげる情報を必ず持ってくるんだ」
ダグナーの白い髭で覆われた口元から、その言葉が告げられた。


「了解しました」
スコールは礼をしながら、彼を見送った。


              
               ◇     ◇     ◇



エスタは未だ鎖国状態を続けている。ごく限られた人にしか、入国を許可しない。
入国出来る資格を持つのは、依頼されたバラム・ガーデンの現役SeeDと、かつて、魔女大戦で戦った6人の元SeeDたちだけである。

鎖国する理由はいくつかある。
オダインを筆頭に、優秀な技術者・研究者の功もあって、この国は特異的な科学技術の発展を遂げた。
医療・軍事・通信・輸送、全てにおいて、他国の先を行っている。
他国との技術格差にあまりにもギャップがあるため、混乱を招かない為にも、国際社会においてかなり閉鎖的姿勢を保っている。

また、もうひとつの理由としては、月の涙が落ちて以来、この国のモンスターは凶暴かつ凶悪化していた。
エスタはその大陸を他所から入れないようバリアを張っている。
これは、外からの侵入者を防ぐという役割を担う一方で、エスタ国内の凶暴なモンスターを外に放たないという役割を果たしている。

いずれにしても、エスタという国は他国の者にとって、未だヴェールに包まれた謎の国なのである。
そのため、スコールのようにエスタに入国を許可人物は非常に重宝されているのだ。

    

ティンバー軍将校達への報告を済ませた後、スコールは16部隊のジェイスと2人の部下を連れて、F.H.行きの列車に乗った。F.Hまではティンバーを発車した列車で移動するが、そこからは、エスタが用意した列車に乗り換える。この列車には、エスタ国内に許可された者しか乗ることはできない。

線路の振動に揺られながら、スコールは客席に座り、書類に目を通していた。


ジェイスはスコールに気づかれないように。ちらりと彼の方を窺う。

ジェイスには昨日浮かび上がった疑問が消えないでいた。

ジョセフ・ロバートを捕えた時に、救出した女性は誰なのか。

その女性は、すぐさまスコールに肩を支えられ、車に乗り込んでいった。

ジェイスはあの女性を確かに見た事があった。

カーウェイ邸の応接室のキャビネットに乗っていた写真の女性と同じだったのだ。

もしかして、レオンハート准将がお付き合いをしている人?


……まさかな。………まずいだろ。それは。


スコールはティンバー軍発足以来の優秀な将校であり、相手はあのガルバディア軍の最高責任者の娘。
それこそ許されぬ恋だ。
………………………。

考えても分からない。


今日はクーデター関係の任務を言い渡されるかと思っていたが、いきなりジェイスはF.H.までの同行を命令された。

レオンハート准将が、エスタに行くことになったらしい。
これもまた急な話だ。

(おれの知らないところでいろいろなことが起こっているはずなんだ)
ジェイスは確信していた。

彼は再びはスコールに視線を向ける。

スコールは涼しい顔をして書類に目を落としている。


(………昨日あんなことがあったのに、落ち着いているなあ)

彼は昨日の興奮がまだ収まらなかった。
昨日は慌ただしい一日だった。
急いでデリングシティからティンバーに向かい、列車は倉庫に突っ込み、そのまま爆発した。
スコールに続いて駆け込んだ港には、ターゲットであったジョセフ・ロバートがいたのだ。

思い出しただけでも武者震いがする。
クーデターの首謀者を確保するという、こんなに大きな任務は、ティンバー軍に入って初めてのことであったから。

そして今日は、スコールに命令されてF.Hまで軍事列車に乗って同行する事になった。
彼はなんと東の大国エスタにこれから1人でいくらしい。


………レオンハート准将、やっぱりすげえな。


「…………あの、レオンハート准将」

「なんだ?」
スコールは書類を読みながら返した。

「…………オレたちが同行するのって、F.H.までですよね?……そこから先はどうやってエスタまで行くのですか?」


「………F.Hでエスタが用意した列車に乗り換える」


「なるほど。…………例えば、俺がエスタに入ろうとするとどうなるんですか?」

スコールは訝しげに眉を顰め、書類から顔を上げた。

「………認証されて人間の侵入は、セキュリティに弾き返される」

「………へ、へえ」

「たとえセキュリチをくぐり抜けたとしても、エスタのモンスターに叩きのめされる。あそこのモンスターは手強いからな」

スコールはそう言うと再び書類に目線を戻した。


「て、手強い………例えば、どれくらい強いんですか?」


「さあな。ティンバーの森にいるモンスターの10倍から20倍くらいか」

「じゅ、10倍………」
ジェイスはごくりとつばを飲み込んだ。


「いや、中には100倍くらいのもいるかもしれない。何しろ、月から直接やってきたモンスターだからな」



「………………………………」

ジェイスは押し黙った。


列車はひたすら東へ東へと進んで行った。


    *  *  *


 ティンバーを出発した列車は、問題なくF.H.に到着した。

ここは昔、エスタを抜け出した技術者や職人が作った街である。
第一次魔女大戦時に武器を持って戦うことを放棄した人々が集まる。

多くの人がものつくりを生業として暮らす、のんびりとした街だ。


「…………まだ時間があるな。少しここで待とう」

スコールが腕時計を見て、ジェイスら、付き添いの兵士に言った。

じきにエスタから列車がF.H.駅に着いて、スコールはその列車に乗ることになる。


「………なあ、お主らは、ティンバーの者か?」

駅前の広場で立っていると、1人の老人が話しかけてきた。

「………ええ、はい」
一番近くにいたジェイスが老人の問いに答えた。

「・・・・・・あの船は昨日の夜中からそれっきり置き去りにされている。見たところ、ティンバーの船のようだが…………」
老人は駅から直行出来る小さな港を指差した。

そこには確かに小さな船が一隻つながれていた。

「おれが見てきます!」
ジェイスはその放置されている船まで走った。
飛び乗って、その船を確認し、再びスコールのところに戻る。


「船内を確認したところ、やはりティンバーの船です!」
ジェイスがきりっと姿勢を正してスコールに言った。

スコールはその報告に頷いた。
エスタからやってきたと思われる男達は、ここまで船で移動してきたのだろうと、彼は予想した。

「……あ、あの!自分は准将を見送ったあと、自分はあの船に乗ってティンバーに帰ります!それで、持ち主に返します!」
ジェイスは敬礼をした。

「こ、これでも、自分は船舶一級免許所持者であります!船の運転は得意な方です!」

妙に息荒く張り切っているジェイスに、気押されしたスコールは「あ、ああ……頼む」と答えた。

「はいっ!」
ジェイスは再びきりっと敬礼をした。



「おーーーーい!列車が到着したぞーーーー!」
F.H.駅構内から声がする。

スコールはそちらを振り向いた。

「見送りはここまででいい。ジェイスは船を頼む」


そう言って、スコールは駅構内の方へ姿を消した。

「お気をつけて!」

ジェイスともう2人の兵士は敬礼をしてスコールを見届けた。

「じゃあ俺は船に乗ってティンバーに帰るから!」と言ってジェイスは同僚の兵士に手を振った。
向こうも手を振って、今まで乗ってきたティンバーの軍事車両に乗り込んだ。



ジェイスは走った。

港の方へ。



(…………船に乗る)


しかし、方向転換をした。


(………と見せかけて……………)


なんと、駅の方へ向かい出した。


積まれたがらくたの山を器用によじのぼり、彼はF.H.駅の屋根に昇った。

そこからエスタ行きの列車に飛び降りた。


      *  *  *


ジェイスは、窓から車内に侵入した。

エスタの列車は思いの外、ティンバーやガルバディアのそれと変わらなかった。
しかし、よく分からない計器やモニターは多かった。
そこは、さすが技術大国エスタと言える。

(………このままだと完璧に侵入者丸出しだな。早いところ、この場にうまく溶け込まないと)


ジェイスは辺りを見回した。
車両の中を詮索した。

棚や箱の中を開けたり閉めたりして、使えそうなものを探した。


(あった!これだ!)
それは、エスタ兵の予備の服であった。

(へえ、こんな装備なのか)

ジェイスはエスタ兵の軍服を身につけた。


(よーし、これでとりあえずは大丈夫だ)

ジェイスが身支度を終えたちょうどその時、ピーっと電子音がどこかで鳴った。

ガシャン

電子音の後にはロック音が響いた。

「?!」

ジェイスはドアに駆け寄った。

そして、押したり引いたりする。

(………開かない。閉じ込められた?)

もしかして、自分の存在がばれたのか?
ジェイスは焦りながら再びドアを叩いたり、押したりする。


「おい!お前!何をしているんだ!」

ピー……シュン!

後ろの自動ドアから何者かが入ってきた。

(やばい!見つかった!)


後ろから駆け寄ってきたエスタ兵はジェイスの前に立った。

「何だ?お前、ここに入りたいのか?……IDカードはどうした?」


(IDカード?……なんだそれは?)

もう絶体絶命のピンチだ。


「あ、えっと………な、なくしました」

ジェイスはぼそぼそと小さな声で答えた。


「何?!IDカードを無くしたあ?!」


「は、はい!すみません!!自分の不注意でした!」
ジェイスは怒鳴られて反射的に謝った。
ティンバー軍に入ったばかりの頃、こうやってよく上官に叱られていたからだ。



「まったく………仮IDをとりあえず渡しておく。これで入れ」
ジェイスが潔く謝ったのが返って好感を持たれたらしい。
エスタ兵の男は彼に仮IDカードを渡した。

「ありがとうございます!!以後、気をつけます!」

(やったぜ!)

ジェイスはその場を立ち去ろうとした。

規律正しくエスタ兵の横を通り過ぎようとした。

「待て!」

ぎくっとなってジェイスは立ち止まった。


「は、はい!」

「お前、見慣れないな。新人か?」

エスタ兵の男は、ジェイスを上から下まで眺めた。

「は、はい!自分はまだ配属されたばかりであります!」

「そうか……。名前は?」

「………ジェ……………(本名はまずいな……)」

「ジェ?」

「……ジェ、ジェイソンです」

「ふうん、珍しい名前だな」

(………やばい、エスタにはあまりない名前だったか?)


「あ、あの!自分は田舎から出てきたばかりの新米であります!ですから、いろいろご指導願います!!」
もうやけくそだと心の中で思いながらジェイスは言った。

「そうか!田舎から出てきて故郷に錦を飾るため日々精進する……立派な心がけだ。しっかりとやるんだぞ!」

そう言って、ジェイスはそのエスタ兵にバシン!と肩を叩かれた。


(痛っ!)


エスタ兵はジェイスが入ろうとしたドアの前に立った。
彼の持つIDが認証され、ドアは電子音の後に自動に開いた。
そして、ドアはすぐに閉じた。

再び、その部屋にはジェイスだけが取り残された。

(…………あぶなかった!でも、うまくいったな)
彼は心の中でガッツポーズをした。

そして、彼は別の部屋も探索することにした。

シュン!
自動ドアが開いた。

(ここは………列車の先頭の操縦席だな)
さまざまな計器やモニターが並んでいる。
前方の窓から、果てしなく続く線路が見える。

操縦席には2人のエスタ兵が乗っていた。

「あ………」
1人のエスタ兵が後ろにいたジェイスに気がついた。

「君は、期待の新人君かな?」
ジェイスのほうを見て微笑んだ。

そのエスタ兵は、年はジェイスと変わらない。

「え?どうして知ってる?」
ジェイスは驚いた。

そのジェイスの様子に、ははっと彼は笑った。

「知ってるも何も、さっきの君と軍曹とのやり取り。丸聞こえだったから」
彼はウインクして見せた。

あのやりとりか………それを聞かれていたとなると、ジェイスは少し恥ずかしくなった。
ぽりぽりと頭を掻いた。

「それにしても、すごいよ。あの軍曹に向かって『ご指導願います』だなんて言うなんて」

「へ?」
ジェイスはなぜ自分がそんなに感心されるのか分からなかった。

「さっきから、軍曹の機嫌がいいんだ。あの人の生き甲斐は新米兵をビシバシ鍛え上げることだからね」
操縦席の男は笑っていた。

「な、なんだって?」

「知らないか?エスタ軍で厳しいことで有名な鬼軍曹、ビクトール軍曹のことさ。君、完全に軍曹の目に掛けられることになるよ」

「お、鬼………」
ジェイスは絶句した。
あのままティンバーに戻っていた方が良かったかもしれない。

黙ったジェイスの気を持ち直すかのように、操縦席の男は言った。
「まあまあ!細かい事は気にするなよ。俺の名前はルアー二だ。よろしくな」

そう言うと、ルアー二はジェイスに手を差し出した。

「よろしく。俺はジェイソンだ」

「ルイスだ。ようこそエスタ軍へ」
もう1人の操縦席の男もジェイスに手を差し出した。

「君、どこ出身なの?」
ルアー二がジェイスに尋ねた。

ジェイスは焦った。なぜならば、エスタの地名を一つも知らなかったからだ。

適当なことを言ったら、怪しまれる。

どうしよう。

「…………フィ、フィッシャーマンズ・ホライズン………」

「F.Hから来たの?確か君は行きの列車には乗っていなかったと思うけど、もしかして今F.H.から出てきたところってこと?」
ルアーニは驚いていた。

「そういうこと、かな………」
ジェイスは自信無さげに答えた。

「そうか!外の世界から来たのか!珍しいなあ」

F.H.はエスタを抜けた者が作った街であり、少なからずエスタと関わりを持つ。
そこからエスタ軍に入隊した者がいたとしても、珍しい事ではあるが、おかしくはない。

「外の世界?」
ジェイスは聞き返した。

「そう。外の世界。エスタの人間はバリアの外のことをそうやって呼ぶんだぜ」

「外の世界。どんなところだろう?オレたちはこうして、F.H.までの列車を行ったり来たりすることしか出来ないからさ」
ルアーニは何かを思い浮かべていた。彼は、どんな『外の世界』を思い浮かべているのだろう。

「なあ、F.H.の外に出たことはあるのか?例えば、ティンバーとかガルバディアとか………」
ルアーニは目を輝かせていた。
エスタの人間にとって、外の世界は憧れのものらしい。

「ああ、行ったことあるよ」

むしろジェイスはF.H.のことはほとんどしらない。
彼はティンバーで育ったのだから。
ガルバディアへは、母が生きていた頃、デリングシティの祭りを見に行った事がある。あそこも、賑やかで楽しい街であった。

「すごいなあ。俺も行ってみたいなあ。きっと、素晴らしいんだろうな」

ジェイスは不思議に思った。
なぜ彼らがこんなにも外の世界に憧れるのか。

しかし、その理由もエスタに到着したとき、明らかになる。


  ◇  ◇  ◇


スコールは列車に乗り込んだ後、窓枠に肘をかけ、外を眺めた。

エスタには限られた時間しかいられない。

ラグナ達にいろいろ報告しなければならなかった。
エスタの人間がティンバーに潜入し、リノアを捕らえようとしたこと。
魔女リノアの情報が漏れていること。
魔女の力が暴走したこと。

オダインバンクルが効かないとなれば、再び「魔女は封印すべきだ」という論調になるのだろうか。
それは避けたい。

スコールは溜め息をついた。


  ◇ ◇ ◇


 F.H.を出発した列車は終着駅に到着した。
ジェイスはエスタはどんな地なのかと意気揚々と列車を飛び降りた。

しかし、そこは彼が想像したところとは全く違っていた。

その場所には駅の他には建物は全くない。
何よりも生命を全く感じられない。

木々どころか草も生えていない。
乾いた黄色の土が砂埃を巻き上げているだけだ。

「………………………」
ジェイスは押し黙った。


「おーい!ジェイソン!列車を整備するぞ!」
ルアーニに呼ばれ、ジェイスは車両の起動部に向かった。

ルアーニは先に整備作業を続けていた。
ジェイスはそれを手伝った。

「……どうだい?初めてのエスタは?」
ルアーニが大きなレンチでボルトを締めながら言った。

ジェイスはその質問に戸惑った。


「………生命の息吹を感じられないって感じだろ?」

ルアーニは今度はオイルを入れながら言った。


「え?ああ」
ジェイスは戸惑いながら答えた。


「F.H.の方がずっと、こう瑞々しさのようなものがあるよな」


「これでもマシになった方なんだぜ?今の大統領は『エスタ緑化計画』を進めているからな」
ルアーニはボルトを締める腕に力を込めた。

ジェイスは複雑な気持ちになった。

なぜルアーニが『外の世界』に憧れているのか、分かるような気がした。

ジェイスにとって、自然とは当然あるものであった。

美しい海。青く生い茂るティンバーの森。
このエスタという地にはそれがない。

「よっし、整備はこれで終わり、と。この列車が次に動くのは3日後だからな。ちゃんと整備しないと、砂埃にやられちまう」
ルアーニは工具を道具箱にしまった。

(………3日後か。覚えておこう)

ジェイスはルアー二の言葉を頭に叩き込んだ。

この列車は不定期にF.H.との間を往復するらしい。
それが、エスタ人にとって唯一の外との連絡手段だ。

この列車に乗らなければ、彼はエスタにずっと取り残されてしまう。
それだけは避けなければならない。

ジェイスは本来はF.H.に残されたティンバーの船に乗って帰ることになっている。

(大波にさらわれて、遭難して帰るのが遅くなった………ということにしよう)

ティンバーの到着が遅れた理由は考えてある。

ジェイスは荒野の砂を踏みしめ、ルアーニの後に続いた。

   ◇  ◇  ◇

「よーし!ここから先は少し危険だ。装備を怠るなよ?じゃあ、出発!」
ルアーニはこの中ではリーダー格らしく、彼の声が荒れた大地に響いた。


初めジェイスとルアーニ、あと数人の兵士は乾いた黄色の大地を進んだ。

鳥の鳴き声も、動物の鳴き声もしない。
木の葉が掠れる音もしない。

聞こえるのは自分たちが固い土を踏む音と、ときどき砂埃と一緒に起こる風の音だけだった。


  ◇  ◇  ◇


さらに進んで行くと、彼らは断崖絶壁に当たった。

ジェイスはここで行き止まりではないかと思った。


恐る恐るその崖の下を覗いてみる。

そこは、今自分たちがいるところとは違って、白い大地だった。

ジェイスは驚いた。


「これはな、塩だ。この先『大塩湖』に入る。この先がエスタの街だ」

ルアーニが大塩湖の先を指差した。

しかしそこには何も無い。

目を凝らして見ても、何の建造物も見当たらない。

乾いた白い大地と、景色が霞む程遠くにあるのは、やはり荒れ果てた土だけだった。


「んーと、俺はあまり歴史は得意ではなかったから、詳しいことは分からないんだけど………」
ルアーニはぽりぽりと頬を掻いた。

「ここは昔、海だったらしい」

「海?」
ジェイスは驚いて聞き返した。

ルアーニは頷いた。
「そう。だけど、何かあって、その水が全部干上がってしまったらしい」


「全部か?」


「そう、全部。………もしかしたら、ここは生き物にとっては楽園だったのかもしれない。モンスターや動物の骨がたくさん残ってるから」

ルアー二は、彼が持つ剣を地面に突いて呟いた。

地上の墓場と化した大地を見下ろす彼の銀色の髪を、風が撫でた。



「こっからは、マジで危険だ。疑似魔法の準備は、いいな?」

ルアーニは隊員全員を見渡して確認した。


(疑似魔法?………魔法を使わなければいけないほど強いモンスターがいるってことか?)

ジェイスは慌てた。



『たとえセキュリチをくぐり抜けたとしても、エスタのモンスターに叩きのめされる。あそこのモンスターは手強いからな』

『て、手強い………例えば、どれくらい強いんですか?』

『さあな。ティンバーの森にいるモンスターの10倍から20倍くらいか』

『じゅ、10倍………』

『いや、中には100倍くらいのもいるかもしれない。何しろ、月からやってきたモンスターだから』


ジェイスはF.H.行きの列車でのスコールのやり取りを思い出した。

(10倍、100倍………)


ごくりと唾を飲み込んだ。


「あーあ。前の隊はあんなに進んでるよ」
ルアーニがスコープを取り出して言った。

「さすが元SeeDがいると戦力が違うよな」


(元SeeD?レオンハート准将はもうずっと先に進んでいるのか?)


「オレたちも急ごうぜ」
ルアーニは言った。


  ◇  ◇  ◇


大塩湖は墓場という名が最もふさわしい。

巨大なモンスターの骨の横を通り過ぎながらジェイスは思った。


(これが、生きていたら……と思うと、恐ろしいな)


ジェイスは隊列から外れないように、ルアーニたちに付いて行った。


   ◇  ◇  ◇


大塩湖を進む途中で、ルアーニが立ち止まった。

「!!!」

前方の白色の大地が、音を立てて突き上げられた。


「来るぞ!」


大地の割れ目を避けて這い出るように、骸骨のような顔が出てきた。

続いて右手、左手が出て来た。


(………なんだこいつは?!)



「こいつは、バイセージというモンスターだ。右手がドロマ二。左手がゴーマ二。大塩湖の中ではそう強くない。落ち着いて対処すれば大丈夫さ」
ルアーニは装備していたソードを取り出した。

「『死の宣告』をしてくる前に、『サイレス』で黙らせるんだ!」
左手であるゴーマ二の攻撃を躱しながら、ルアーニは後方支援の兵士に叫んだ。

後方支援についた兵士は疑似魔法の『サイレス』を唱えた。


そうすると、驚く程モンスターは静かになった。


「よし!あとは物理攻撃だ!ジェイソン!行けるか?」


「はい!」

ジェイスはロングソードを構えた。

彼は本来剣術を得意としている。
(自称、得意分野は潜入だと言っているが)
魔法はもっぱら苦手であり、ティンバー軍に入りたてのころはいつも上官に怒られていた。

ジェイスはゴーマ二、ドロマ二の攻撃をうまく躱しながら切り込んでいった。

それを援護するように後方からファイアやブリザドが放たれた。


何度か攻撃を繰り出すうちに、モンスターの動きが鈍くなった。


(これで、とどめだ!)

ジェイスはロングソードを突きつけた。


バイセージは断末魔の悲鳴を上げて倒れた。


(やった!)


ジェイスはあがった息を整えながら剣を鞘に納めた。


「やるじゃないか!ジェイソン!」

ドロマ二を相手にしていたルアー二が彼に駆け寄った。

「新米にしてはいい剣さばきだった!」
ルアーニは「Good Job」と指を突き立てた。

ジェイスは嬉しそうに頷いた。

(………『新米にしては』って………俺はもうティンバー軍に入って5年目なのだが)

実は、ジェイスはスコールと同じ年だったのだ。

(………年齢よりも若く見られるんだよなあ)

複雑な気持ちになりながら、ジェイスは頭を掻いた。


   ◇  ◇  ◇


ルアーニとジェイスたちは、さらに大塩湖を突き進んだ。

しばらく経って、再びルアー二が前方の異変に気がついた。

「………!モンスターだ!」

ルアーニはそこに駆け寄った。
そのモンスターは、マンモスの頭蓋骨に二足歩行の身体を持ったアンデットであった。

見るからに手強くて、凶悪そうなモンスターであった。

「死んでる………これは死骸だ。『アバドン』だな」


『アバドン』は、大塩湖では手強いモンスターらしい。


(………これは、ガンブレードの切り口だ)
ジェイスはそのモンスターの急所を明らかに突いてるであろう、傷口を確認した。


「この様子じゃ、先発隊はかなり先に進んでるな。レオンハートさんはいつもこうなんだ。ちょっとは待ってくれてもいいのにな」


きっと、スコールはわざと先に行っているのだとジェイスは悟った。
自分が先に進んで行って、危険なモンスターを倒しておくのだろう。
スコールはそういう人であった。

何もしていないようで、後に続く者たちの危険を守る。


ルアーニが言った『レオンハートさん』という呼び方がジェイスは気になった。
それに『いつもこうなんだ』と言っている。
彼は、スコールがティンバー軍の将校であることを知らないのではないかとジェイスは思った。


「あのさ、ルアーニ。その・・・・・・レオンハートさんは、何度もこうしてエスタに来ているのか?」
ジェイスは尋ねた。
スコールがティンバー軍の准将であることは伏せておいた方がよさそうに感じた。


「ああ。たまにな。ここ数年、年に1、2回くらいか?」
ルアーニは答えた。

ここ数年に、年に1、2回。
そんなにも前からスコールはこのエスタの地を訪れていたというのか。
ジェイスは内心驚いた。

ますます、スコール・レオンハートという男が不思議に思えてきた。
彼は自分の知らないことを知っており、自分の知らないところで何かをやっている。


「ま、市街地まではもう少しだから、頑張ろうぜ」

ルアーニはトントンとジェイスの肩を叩いた。


 ◇   ◇   ◇


そのころ、スコールはとっくにエスタの市街地に到着していた。

彼が向かったのは大統領官邸であった。

「いやあ、今日も見事な剣さばきでした」
先発隊としてスコールに付いていたビクトール軍曹が上機嫌に言った。

彼らはすでに、エスタ市街地の移動手段であるリフターに乗っていた。

行き先を告げるだけで、このリフターは何処にでも運んでくれる。


スコールは適当に返答をして、リフターからエスタの市街地を見下ろした。

前来た時よりも、幾分か街は活気を取り戻してきたように見える。


8年前にこのエスタの地に月の涙が落ちた。
月の凶悪なモンスターたちと一緒に。

そして、市街地は壊滅状態に陥った。
アルティミシアを倒した後、多くのSeeDがこの地に送られ、モンスターを討伐した。

状態はいくらか改善されたものの、元のエスタに戻るには長い時間が必要だった。
モンスターの繁殖力は非常に強く、日夜エスタ軍とモンスターとの戦いは続いていた。


リフターの速度が緩やかになった。

大統領官邸前に到着したようだ。

スコールはリフターから降りた。

官邸入り口に立つエスタ兵がスコールに敬礼をした。

スコールはそのまま中へと入って行った。

   ◇  ◇  ◇

遅れをとっていた、ルアーニとジェイスの隊は大塩湖の奥にたどり着いた。

「ふー。ここまで来れば大丈夫だ」
ルアーニが息をついた。

(………?)
ジェイスは不審に思った。

景色は先ほどと変わらず、白く乾いた大地。
いつモンスターが出るとは限らない。

ジェイスとは違って、ルアーニはずんずんと歩みを進めた。

しかし、そのルアーニの様子にジェイスは驚いた。
彼は中を浮かんでいるのだ。

「…………………………」

唖然としているジェイスにルアーニは笑った。


「あ?驚いてる?………もうエスタ市街地に到着したんだよ。この景色はミラーバリアだから」
ルアーニは戸惑うジェイスを手招きした。

ジェイスは恐る恐るルアー二の後に続く。


「!」

見えないけれど、階段があることに気がついた。
よく見ると、これは確かにバリアの一種らしい。ところどころノイズが入って大塩湖の景色が歪んでいる。

ジェイスはルアー二に続いて階段を上って行った。


中を浮いているような感覚。なんとも不思議である。
これが、大国エスタの技術なのか。


階段を上りきったところで、ピピピピピと電子音が鳴った。

IDチェックをしているようだ。

全員のIDチェックが完了すると、そのバリアの一部分が解除された。


ドアのように開き、中に通じた。

バリアの中は、これまでジェイスが見て来たどの光景とも違っていた。


そこは非常に大きな建造物の内部であり、リフターが自由に動き回っていた。

「これに乗れば、エスタ軍宿舎まですぐさ」

ルアーニは親指を突き上げてウインクして見せた。


ジェイスたちの乗ったリフターは、入り口を閉めると動き出した。

それもかなりのスピードであった。


「さあ、もうすぐ見えるよ」

ルアーニがジェイスの横に立って指差した。


何か出口のようなものが見える。

外の光だ。






……………………………。



その目に映る光景にジェイスは息を飲んだ。


建造物からリフターは抜け出して、視界が開けた。


見渡す限り、高層の建物で埋め尽くされていた。

ジェイスが乗るリフターが、道路のように編み目に這りめぐらされている。


「ここがエスタ。おれたちの街さ」

ルアーニが言った。



ジェイスには言葉が出なかった。



東の大国エスタ。こんな国だったのか。


どの建造物も高い。ティンバーで一番高いセントラル・ホテルよりも高い。

リフターですれ違うエスタの人々は、独特の色調でゆったりとした衣類を身に着けていた。

どれもこれも、ジェイスが今まで見た世界とは違っていた。

ジェイスはエスタの街を食い入るように見つめた。


「もうすぐエスタ軍宿舎に着くよ」
ルアーニが告げた。

「………え?宿舎って………レオンハートじゅん……いや、レオンハートさんは何処に行ったんだ?」
ジェイスは慌てた。

「ん?レオンハートさんか?彼なら大統領官邸だろう」

「だ、大統領官邸?」
ジェイスはとんでもない場所が彼の口から告げられたので聞き返した。

「うん、だって、あの人は大統領のご子息だろう?性格が違いすぎて、そんなふうに見えないけど………」
ルアーニはしれっと言った。そして、何かを思い出したのか「くくく」と笑い出した。

「ご子息?!」
これには絶句した。

「そうさ。なんでエスタに住まないんだろうな?」


ジェイスは混乱した。
エスタの大統領のご子息だって?!
なぜティンバー軍にいるんだ!?



「さあ、着いたよ。ここがおれたちの宿舎。これからお前の歓迎会をやる!」


  *   *   *


ここは、エスタ大統領官邸である。

スコールは大統領官邸の執務室に入った。

案の定、エスタ大統領のラグナ・レウァールは執務官であるキロスに言われるがまま、大量の書類の山に埋もれていた。

「スコール!」

ラグナはスコールの姿を見つけると机を乗り越えて彼の元に駆け寄った。

大量の書類が床に散らばった。

「ラグナ君!」
キロスの怒号が響く。

(………相変わらずだな)

スコールは頭を抱え、眉間の皺を押さえた。


「スコール!無事に着いたのね」

後から、白いスカート着て、水色のノースリーブの服に薄いショールを羽織った女性が入ってきた。

「エルオーネ。久しぶり、元気だったか?」

エルオーネは頷いた。

「ええ。急に来るって聞いてびっくりしちゃった」


血のつながりはなくても、この二人は姉弟であった。


「おいおいおいー。オレには何の挨拶もないのかよー。オレにも何か言ってくれよー」


スコールはラグナの訴えを無視して、エルオーネと会話を続けた。

「ラグナ君、君はこの書類の山を片付けた後だ」
キロスが冷静に言い放った。

「…………………」
横にいたウォードがキロスの言葉に同調するように頷いた。

「ご覧の通り、ラグナおじさんはあんな感じだから、待っている間お茶でも飲みましょう」
そう言って、エルオーネはスコールを奥の応接室へ案内した。

「あ!エル!ずるいぞー!」


じたばたともがくラグナをウォードは力強く机に引きずり戻した。


            
 ◇   ◇   ◇



「・・・・・・・・・スコール、ほんとに急にどうしたの?なんだか疲れているように見えるけど」

エルオーネは紅茶をスコールに出した。

「まあ、いろいろあって・・・・・・」

そこまで言って、スコールは押し黙った。

スコールは黙って、エルオーネから渡された紅茶に口をつけた。


「………スコール?」

スコールが思索に耽っているので、エルオーネは心配になり彼の名を呼んだ。


「………?……ああ、すまない」

彼は我に返った。

「………何かあった?」
彼の正面のソファに腰を下ろしたエルオーネが尋ねた。

スコールは俯いて、まだほぼ手つかずの紅茶のカップを見つめた。

「…………リノアに会った」


意外な言葉にエルオーネは目を見開いた。リノアは5年前、彼の前から去り、ガルバディアに戻ったと聞いていたから。

「………リノアに?」


スコールは黙ってうなずいた。



そのとき、執務室へ通じるドアが開いた。

「待たせて、すまないね。もう少し時間がかかりそうだ」
キロスが入ってきた。


「いや、いいんだ。いくつか調べたいことがあるんだ」
スコールは答えた。

「調べたいこと?」
キロスは眉を傾げた。

スコールは写真を一枚取り出して、キロスに差し出した。


「ジョセフ・ロバート。ガルバディアで起こったクーデターの首謀者だ」


「ああ、知っている。もう身柄は確保されたのだろう?」

このような基本情報は、とっくにエスタにも知られているはずだ。

スコールは頷いた。そして、話を続けた。

「ああ。ここからが本題なんだ。彼はリノアが魔女であることを知っていた」


スコールの言葉に、エルオーネは目を見開いて彼を見て、キロスは渡されていた書類から顔を上げた。

「………そして、エスタの人間を使ってリノアを拉致して、魔女封印を企てていた」


「何だって?」
キロスは驚いていた。

「…………リノアに直接聞いた話だ。確かにエスタの人間が自分を捕えようとして、ジョセフ・ロバートが『魔女は封印する』と言ったらしい」

スコールの眉間の皺は深くなった。

「それで、リノアは無事だったの?」
座っていたエルオーネも立ち上がった。

スコールは彼女の方を向き黙って頷いた。

「……ジョセフ・ロバートの作戦は失敗した。リノアの魔女の力が暴走したからだ」


「「?!」」
エルオーネとキロスは驚いていた。


「…………オダインバンクルは付けてたのよね?」
エルオーネがおそるおそる聞いた。

「ああ、確かに付けていた。間違いない」


「魔女の暴走をオダインバンクルは制御出来なかったということか………」
キロスは深刻な顔をした。


「ジョセフ・ロバートはリノアの放った衝撃波を直接受けて、今は意識不明の重体………」


「……………………………」


3人の間に重い沈黙が流れた。



「………とにかく、オダインの研究所に報告しよう。オダインバンクルは改良の必要性がある。魔女の力が暴走するメカニズムも未だつかめていない」

「それと、ジョセフ・ロバートに関してこちらでも調べてみる。リノアの拉致に加わった一味も………」


スコールはキロスの言葉に頷いた。



「…………ところで、スコール君?」
キロスはその沈黙を破った。

「何だ?」
スコールが聞き返す。

「その……彼は、君が連れて来た者だよな?」

キロスはモニターのスイッチをONにした。

「?」
スコールは訝しげに眉を顰めた。

「彼、仮のIDでここまで入ったようだが、生体認証はブロックされている。調べたところ、エスタの人間ではない」

そのモニターには、ジェイスの姿が映されていた。
歓談室のようなところに彼はいて、多くの若いエスタ兵に囲まれている。


(ジェイス?!………なぜこんなところに?!)

スコールは内心驚いていた。

「……あ、ああ」


最高水準のセキュリティを誇るエスタに侵入出来たことは、兵士として高く評価できる。

しかし、そのような指令を彼に下してはいない。

ジェイスの悪知恵がうまく働いたのか、スコールは思った。


「そうか」
キロスは冷静に言った。


「『そうか』って………いいのか?」
スコールはキロスがすんなりと事実を受け入れたことに対して驚いた。


「まあ、見たところ我が国に大きな損害を与える人物ではなさそうだ」

(確かにそうかもしれないが……)


「それに………」


(……それに?)


「ここはエスタ軍の若い兵士の宿舎なのだが、皆彼の周りに集まっていきいきとしている」

キロスはモニタを指差した。スコールも続いてそれを見る。

確かに、エスタの若い兵士たちは笑っていた。ジェイスを中心にして。

「月の涙が落ちて8年も経つ。SeeDの力を借りたとしても、現状は悪くなることはないが、良くなることもなかった。だから、エスタの兵士たちの間には、閉塞感が漂っているんだ」

キロスはそう言いながら、壁一面ガラスの窓に向かって行った。

「だから、彼のような新鮮な存在は、いい影響を与える」

キロスはその窓から、夕日に照らされオレンジ色に染まるビル群を見渡した。

「…………この国は閉じこもり過ぎた。たまには新しい空気を入れた方がいいのかもしれない」

彼はエスタの街を眺め下ろした。
まるで、この国の行く末を眺めるかのように。



永遠の花 20章》へ続く