永遠の花 第18章

リノアはその日、いつも通り目覚めた。ここは、ティンバー・セントラルホテルである。ティンバーの中でも有数の高級ホテルである。
ティンバーの滞在は、予定以上に長くなってしまった。
なぜならば、母国ガルバディアで大規模なクーデターが起こってしまったためだ。
そのとき、彼女と父親は偶然にも、ティンバーで開かれる独立記念式典に呼ばれ、祖国を離れていた。
クーデターはこのティンバー滞在の間に起こったものであった。
ガルバディア軍総帥であるフューリー・カーウェイは、この事態に対して指揮をとる為にガルバディアへ戻った。
しかし、娘であるリノアは、ガルバディアの治安が不安定であるために、この地ティンバーに残ることになった。
彼女に付いていた、ガルバディア軍諜報部のアーヴァインとガルバディア政府高級官僚のアレン・ロバートと共に。

この日の予定は、ティンバー在住のガルバディア人コミュニティの社交パーティに出席することである。
ガルバディア出身で、ティンバーで財を成した人間ばかりが集まる。
母国ガルバディアが大変なことになっているというのに、全くあきれたものだ。
正直なところ、リノアは乗り気ではない。
しかし、父親の仕事に支障をきたさないためにも、今日のパーティには行くべきだ。
リノアはそう自分に言い聞かせた。

手短に朝食を済ませて、パーティへ行くための身支度を始めた。
今日は昼間行われる立食パーティのようなものであると聞いている。だから、夜に行われる社交界のダンスパーティのようなフォーマルなドレスではなくて、よりカジュアルなドレスを着ていくことにした。

彼女は膝丈の薄黄色のドレスを選んだ。腰はしぼる形になっていて、そして裾はふわりと広がっているものだ。

彼女が泊まっているホテルのコンシェルジェに、美容師を呼ぶように頼んだ。
そして、アンティーク調の鏡台の前で髪を結い上げてもらい、準備を終えた。

「とてもお綺麗ですよ」

髪を結い上げて、鏡越しに美容師が言った。

リノアは真珠のネックレスをつけてもらい、微笑んだ。


そこで、ドアのチャイムが鳴った。

美容師がドアを開けると、そこにはアレンが立っていた。彼もパーティに出席する。既にタキシードを着ていた。
彼の持つ知性や穏やかさが際立って、紳士的で清々しい印象を受ける。

「おはようございます。リノアさん。リムジンがロビーに到着しました。準備は出来ていますか?」

「ええ。今すぐ行きます」
リノアは鏡台の椅子から立ち上がり、ドアへ向かった。



  ◇   ◇   ◇



「今日のパーティは、同じガルバディア人同士しか集まっていませんから、気を楽にしてください」

リムジンに揺られながら、アレンはリノアに語った。

パーティが開かれるレストランは、リノアが泊まっているホテルがあるティンバー市街地からは、車でそう時間は掛かからない。

「ええ………」

リノアは車のスピードと共に次々に変わる景色をぼんやりと眺めていた。




レストランのロビーにリムジンは付けられた。
リノアはアレンにエスコートされ、車を下りた。

しかし、様子がおかしい。
パーティが開かれるというのに、異様に静かだ。

アレンは玄関ロビーの受付に尋ねた。


「何だって?………今日のパーティはキャンセル?」


アレンは驚いている様子であった。
リノアも表情を変えて彼の方を見る。


「おお、アレン。驚かせてしまったな」

そこへレストランの奥からジョセフ・ロバートがやってきた。

「すまん、うっかり連絡するのを忘れてしまった。だから、ここで待っておったのだよ。………カーウェイ御令嬢、申し訳有りません」

「「?」」

アレンとリノアの頭には疑問符が浮かんだ。

「祖国がクーデターという大変な状態であるときに、パーティなど開いておれん。今日のパーティはキャンセルだ」

「そうだったんですか」
アレンはほっとした様子であった。

リノアもほっとした。ガルバディア人の常識的な判断で、パーティは中止されたことに。

「僕はまさか、場所を間違えたんじゃないかと………」
アレンは照れながら言った。

「いやいや、そうではないよ、アレン」

ジョセフは笑った。
そんな二人の様子につられてリノアも笑顔になった。


「今日はパーティというわけにはいかんが、食事でもしよう。…………この先に、私が行きつけの店がある。コックはガルバディア出身だ。今日は、ガルバディアの郷土料理を味わいながら、遠く離れた我々は祖国の無事を祈ろう」

ジョセフはリムジンを呼んで、そこにリノアとアレンを乗せ、自分も乗り込んだ。

アレンとその父親ジョセフ・ロバート氏、自分も含めたこの3人で食事をする方が、パーティなんかよりもずっと気楽だと、リノアはそう思った。


              ◇    ◇    ◇



「それでは………我が祖国ガルバディアに………乾杯!」

ジョセフが杯を掲げて、続いてリノアとアレンも杯を交わし合った。
ここは、ジョセフ・ロバート氏がティンバーで見つけたらしい、ガルバディア家庭料理の店だ。


リノアとアレンは注がれたシャンパングラスを口元につけた。

ジョセフは掲げていたシャンパンを口につけようと思ったが、何かを思い出したようにグラスをテーブルの上に置いた。

「おっと、医者に薬を出されていたんだ…………」
そう言うと、ジョセフは薬を胸ポケットから取り出して、ウェイターに水を持ってくるように頼んだ。

「父さん、また医者に薬を出されたんですか。酒も煙草もほどほどにしないと………」
アレンが心配そうに言った。

ジョセフは受け取ったグラスの水と一緒に薬を飲み込んだ。
「大丈夫さ。アレン、お嬢様、もう一杯いかがかな?」

そう言うと、ジョセフは二人にシャンパンを進めた。


          ◇    ◇    ◇


「ふう……やはり、ガルバディアの料理はいいですね」
メインを一通り食べ終えたところで、アレンが言った。

「本当においしかったです」
リノアも続いて言った。

「それはよかった。デザートも用意してある。今日は天気もいいから、テラスで頂こう」
ジョセフが席を立った。

リノアもアレンも続いてテラス席に向かった。

「アレン、悪いが電話をしなければいけない相手がいてな。先にデザートと紅茶を頂いていなさい」
ジョセフはそう言って、レストランの奥へと消えてしまった。


        ◇ ◇ ◇


アレンとリノアは、案内されたテラス席に着いた。
運ばれてきたベリータルトをフォークで器用に切って、口元に運ぶ。
最近読んだ本や気に入っている音楽など、たわいもない会話を続けた。


「……………父さん、遅いな」
アレンが時計を気にし始めた。

「もう少し待ってみましょうよ」
リノアはアレンを宥めるかのように言った。


それから、しばらく時間が経った。



アレンがやむを得ず出てしまったあくびを噛み殺した。
目の端にうっすら水分が浮かぶ。

「失礼………最近、あまり寝ていないもので………」


リノアにも睡魔が襲ってきた。思わず目を擦る。

「いえ………このごろ私もなかなか寝付けなくて………」



それにしても、この眠気はなんだろう。

……………とても眠い。

…………。

………。

……。



アレンとリノアはテラス席のテーブルに突っ伏して眠ってしまった。


[newpage]


………………………。



波の音が聞こえる。



……………ここは?



リノアはゆっくりと目を開けた。
そして、ゆっくり起き上がって辺りを見渡した。

起き上がったときに、身体にかけられていた毛布が落ちた。


全く見知らぬ場所。

自分の手に届かないような位置にある窓。
その太陽は、自分の記憶があったころよりもかなり西に傾いていた。

………しばらく眠っていたの?

リノアはだんだんと不安になってきた。

(ここはどこなの?)

広さはそこまで広くはない。
もの置き場のようなところだ。
外に通じるとされる唯一の鉄製のドアはしっかり閉ざされて、外の様子を知る手がかりの窓は、彼女のはるか頭上にある。


…………閉じ込められた?!

………アレンさんと、ロバートさんはどこに?


リノアは窓から抜け出せないかと考えた。

窓枠に手を伸ばす。

(…………だめだ、届かない)


彼女は焦りながらひとり奮闘していた。


しかし、そのとき、鉄製のドアが少し開かれた。

…………誰?!

リノアは壁まで後ずさりをした。
心の中を恐怖が支配していた。


重い鉄製のドアはゆっくりと開いていった。
外の光が、薄暗い物置き場に入り込む。

「リノアさん!!」
その声はリノアがよく聞き慣れた声であった。

「アレンさん!!」


リノアはドアの傍まで駆け寄った。

「良かった、無事で。…………様子がおかしいです。こちらへ」

アレンはリノアの手を引っ張って、外に出た。


        ◇    ◇    ◇


ここは、港の集荷場であった。
倉庫が立ち並び、外には列車に積むコンテナや、トラックで運ぶ木箱や樽が多くある。


「………隠れて!」


アレンはリノアを誘導して、木箱の影に隠れた。


わたしたちは一体誰から隠れているのだろう?

アレンが木箱の陰から、辺りをうかがう。


「…………………」


緊張した空気が流れる。


「……………よし。大丈夫です。向こうへ行きました」


リノアもアレンに倣って木箱の隙間からのぞいて見た。

不思議な色合いをした服を着た男たちが何人か歩いていた。
ガルバディアのものでもなく、ティンバーのものでもない。
一体どこから来たのだろうか?


「…………あの人たちは……?」


「分かりません。でも、僕たちのことを探しているようです」


「ここにいつまで居ても、見つかってしまう。なんとか、この港を脱出しましょう」

アレンは胸ポケットから拳銃を取り出した。

でも、リノアを安心させるように優しく微笑んだ。

「大丈夫です……僕がリノアさんを守りますから」



  ◇   ◇   ◇



エンジンをフル回転で進めるスコールたちの乗った列車はガルバディア国境を抜けたところだ
ティンバーの街に確実に近づいている。


ここで、アーヴァインから無線が来た。


『スコール?今何処にいる?もうティンバー国内にいるよね?』

「ああ、もうティンバーの街並みも見える。リノアの居場所の手がかりは?」

『やっと手がかりが見つかったよ。今日、港で偽名を使って船が一隻レンタルされてることが分かった。他は全て調べた。もうここしかないと思うんだ』

「………船か。(リノアを連れて何処かへ逃亡するつもりか?)」

『僕も今から港の方へ向かう。でも、港は街から離れているから、もしかしたらスコール達の方が早く港に着くかもしれない』

「ああ、分かった。じゃあ、港で落ち合おう」

そこまで言うと、スコールは無線を切った。

港はティンバー市街地から離れている。
ガルバディア方面から列車を進めて、市街地を通り過ぎて行ったところにある。
エスタへと続く横断鉄道橋の入り口がちょうど鉄道の終点にあたる。港はその終点の近くにあるのだ。


(何とか、無事でいてくるといいが………)



「レオンハート准将!港方面で爆発のようなものが起こりました!」

双眼鏡を持って目的地を確認していた1人の兵士が叫んだ。


スコールは列車の窓から身を乗り出して、受け取った双眼鏡を確認した。

「進行方向からして2時の方角です」


スコールは双眼鏡で、部下の兵士に言われた通りの方角を見た。


(…………あれは……?)


『爆発のようなもの』と報告を受けたが、爆発ではないのだ。
青白い発光が、港のごく一部の範囲で起こっているのだ。
それは、球体状のバリアのようにも見える。


(嫌な予感しかしない………間に合ってくれ!)


スコールは運転席に駆け寄った。

「もっとスピードは出ないのか?!急げ!」

ワッツとゾーンはスコールが冷静さをいくらか欠いて怒鳴ったので驚いていた。

「くそっ………急いでいるって!…………これ以上スピード出したら、エンジンが焦げちまう」

スコールはその言葉を聞くや否や、運転席の小さな窓枠から顔を出して再びあの発光を双眼鏡で確認した。


列車はだんだんと目的地に近づいて行き、もう双眼鏡無しでもその発光は明らかに見えた。

バーン、バーンと銃声が重なって聞こえる。

その音がますますスコールの胸をざわつかせた。


[newpage]


     ◇  ◇  ◇


リノアとアレンは、追ってくる男たちの目を盗んで、港のはずれまでやってきた。

今でも使われている倉庫やトラックはここにはほとんどがなく、ほとんどがガラクタであった。


「…………?!…………あれは父さんのリムジンだ!」

今はまだ目を凝らしていないと見えないが、アレンの言うことだから間違いないだろう。

アレンはリノアを連れて、父のリムジンの方へ向かって言った。


「………やっぱり、父さんがいる」


何が起こったのか分からないが、この車で父とリノアを連れてティンバー市街地へ戻ろうとアレンは考えた。


「父さん!」

アレンはリノアを連れて、父を呼んだ。


しかし、彼はすぐに立ち止まった。

なぜならば、父親は先ほど自分たちを探していた男たちと一緒にいたから。

男たちの服装がここでよく見えた。それは、ガルバディアの者でもなくティンバーの者でもない。
独特の色具合、ガルバディアやティンバーでは見られない武器を腰に下げている。

リノアにはわかった。・・・・・・・・・この者たちは、エスタ人だ。

「アレン、探したぞ!」


リムジンの横に、男たちと一緒にいるジョセフ・ロバートはアレンに気がついた。


「父さん!この人たちは一体?!」


アレンは驚いた様子で父親に尋ねた。


「おや?…………それとカーウェイ御令嬢も一緒か」
ジョセフ・ロバートはリノアに向かって微笑んだが、その笑みはぞくっとするほど冷たかった。
緊張でリノアは息をのむ。

「何をしているんです?!」
アレンは必死の形相で問う。

ジョセフ・ロバートの口元が冷徹に歪んだ。
「何って………迎えにきたんだよ。……魔女リノアを」


「!!!」

リノアの心臓は飛び上がった。

どうして知っているの?

「………?!………何のことを言っているんだ?」
アレンがリノアを庇うように前に出た。

「本当のことを言っているんだ。………アレン、その娘をこちらによこすんだ」
ジョセフ氏は言った。

「………!!!………リノアさん、こちらへ!」

アレンはリノアの手を引っ張った。そして、積み荷のコンテナが置かれているの方へ逃げた。


「っ……!……追うんだ!」

彼らが逃げた後にジョセフ・ロバートが命令を下した。



リノアとアレンは積まれたコンテナの間に身を隠した。
四方八方から、追って来た男たちの足音と掛け声が聞こえる。


リノアの心臓の音は、自分でも聞こえるくらいに脈打っていた。

(………どうして?………魔女のことを知っているの?!)

リノアの顔が青ざめていくのに気付いたのかアレンは落ち着いた声で言った。

「大丈夫、僕が必ず守ります」

アレンはリノアの両肩に手を置いた。

その瞳には決意の色が浮かんでいた。


(………しかし、このままここにいても見つかってしまう。なんとか、逃げ出さなければ)


アレンはコンテナの隙間から少し顔を出して、辺りの様子を伺った。
足音も無い。

(………………………今なら行ける!)



「リノアさん、こちらへ」
アレンはリノアの手を再びとって、別の方向へ走り出した。

しかし、言った先には追っ手の男が2人ほどいた。
幸いにも向こうはこちらに気付いていない。

「………っ!………こちらへ」

アレンは小さな声でリノアに伝えて、また別の方向へ駆け出した。

「………っ!」

しかし、行った先には数人の男たちがいた。


後ろを振り向くと、別のところからもまた違う追っ手はやってきた。

「いたぞ!!」



(………くそっ!)


アレンはリノアを背後に庇った。

追っ手の男たちは何人か集まってきた。


「動くな!道を開けるんだ」

アレンは懐から拳銃を取り出して、近づいてくる男に向けた。

男たちの動きが止まった。

「そうだ、そのまま動くなよ」

アレンはリノアを背後に庇うようにして、ゆっくりと右へ移動していった。

(………何とか逃げ切るんだ……)
彼は唇をぎゅっと噛んだ。


「…………………………」

エスタの男達とアレンとリノアの間には、張り詰めた空気が漂った。


そろり、そろりと慎重にアレンはリノアを背後に庇いながら右に移動していった。


「……………………………」



バン!

そこで乾いた破裂音が鳴った。
こちらが気づかない角度から撃たれたようだ。

「……うっ」

アレンが痛みで姿勢を崩した。

「……!!アレンさん!!」

リノアは屈んで撃たれたところを確認した。


そこは、右の太腿であった。
致命傷ではないが、このままでは歩けない。


「………リノアさん、僕のことはいいから………っ……逃げてください」


アレンは痛みに耐えながら言った。

「………でも」
リノアはうろたえた。



「…………手こずらせたな」


ジョセフ・ロバートが現れた。
彼の隣に立つ男の銃口から、煙が立っていた。
アレンを撃つことを、ジョセフは命令したのかもしれない。

自分の息子が苦しむ姿を見ても、平然としているこの男に対して、リノアの中に怒りがこみ上げてきた。



「さあ、こっちへくるんだ。………やはり魔女は封印するべきだったのだ」
ジョセフ・ロバートは一歩一歩近づいてきた。


「………私は魔女の力をよく知っているよ。それはそれは恐ろしい力だ」

「魔女アデル、魔女イデア。歴史に出てきた魔女たちは、妖しい術で人の心を操り、恐ろしい魔力で破壊の限りを尽くした」

「封印をしないで、魔女の力を押さえることなど出来ないのだ。………私は5年前の『魔女会議』で何度もそう進言した」


「魔女は人工海洋調査島に封印されると聞いたのだがな。しかし、実際のところ、そこにはいなかった。恐ろしき魔女は我が祖国ガルバディアにいたのだ」


「…………まったく、ガルバディアもティンバーも、魔女の力を自国だけで押さえ込めるとでも思ったのか………」
彼はゆっくりと歩み寄る。
リノアは苦しむアレンを抱えて、ジョセフ・ロバートを睨んだ。


「………東の大国エスタには、魔女封印装置がある。最強と謳われた魔女アデルもそこで封印されていた」


「非常に頑丈で効果的な装置だ」


ジョセフ・ロバートは一歩一歩、アレンとリノアに近づいてきた。


「父さん、リノアさんに手を出すな………っ」

アレンはリノアを背後にして自分の父親に拳銃を向けた。




「アレン、父さんを悲しませないでくれ」

アレンはそれでも照準を父親に向けている。


「まさか、その娘を好いているとでも言うのか?」
ジョセフはまるで嘲るように言った。

アレンは奥歯をぎりっと噛み締めた。


「そうです!僕はリノアさんのことを愛してます!」


「!!」

リノアは驚きに目を見開いてアレンの顔を見た。
彼は痛みに耐えながらも、毅然と父親を睨んでいた。


「ははっ!これは我が息子ながら大した者だ。魔女である娘を愛しているだと?」
ジョセフ・ロバートは笑っていた。



「魔女だなんて…………そんなこと、僕は信じない!」
ギリとアレンの歯が噛み締められる。


リノアの胸が締め付けられた。


ジョセフ・ロバートはどんどんと近づいてきた。
拳銃を握るアレンの拳が、ぎりぎりと強く握りしめられる。


バン!


ここで、また違う銃声が鳴った。

追っ手の1人が、アレンの持っていた拳銃を撃ったのだ。
彼が持っていた拳銃は、その衝撃で手から離れてしまった。

それを拾ったのは、彼の父ジョセフ・ロバートであった。

「お前も魔女の妖術にやられたんだ。………だから、目を覚ますんだ、アレン」


それでも、アレンはリノアを背後に庇い、彼女を守ろうとした。
太腿からの出血がひどい。そのせいで、アレンは額にびっしょり汗をかいていた。

「さあ、こっちにくるんだ。魔女リノアよ」





ジョセフ・ロバートがリノアの肩に手をかけようとした、そのとき………






リノアから衝撃波が放たれた。

「うっ………!」

エスタの男たちはかろうじて立っていられたが、衝撃波をまともに食らったジョセフ・ロバートは、数メートル飛ばされた。そして、コンテナに強く背中を打ち付けた。


「っ………!」

衝撃波と背中を強く撃ったせいか、ジョセフ・ロバートはそのまま気を失った。


エスタの男たちは、銃をリノアに向けた。
そして、何発か撃った。


…………!!
リノアは目を瞑った。




バーンバーンと、発砲音が港の波音をかき消した。


キーン、キーン!
二つの銃弾は、リノアの前に現れたバリアに弾かれた。

「!!!………もっと撃つんだ!」
リーダー格の男は叫んだ。


それに従って、男たちはさらに銃声を浴びせた。


しかし、結果は同じだった。

リノアの前にはバリアで弾かれた銃弾が落ちた。


「っく!!・・・・・・何がなんでも、魔女を捕えるんだ!」



   ◇  ◇  ◇



スコールたちが乗った列車は、まもなくティンバー港に着くところだ。


「よし!無事に到着できそうだな!」
ゾーンが上機嫌に言った。

「そろそろブレーキをかけるッス」
ワッツがブレーキをかけた。

「…………あれ?」

「……ん?どうした?」
ゾーンが尋ねた。

「ブレーキが利かないッス!!」
ゾーンは確かにブレーキをかけているのに、列車の速度は落ちないのだ。

「な!何だって!!?」

ゾーンはあるだけの計器を確認した。

「くそ……………無理しちまったからな」



「おい!スコール!大変だ!ブレーキが利かない!」
ゾーンは、スコールの元に駆け寄った。

スコールは、列車の窓から顔を出し、港から幾度もなく発せられる謎の光を見ていた。


「もうアクセルは駆けていないんだよな?………停まるには自然減速するしか方法はないか………」

スコールは窓から身を乗り出して、前方を確認した。
線路の終わりの輪留めが見える。

しかし、この速度だと無事に停車できるとは思えない。

「…………このままなるべく減速させて、あの輪留めに衝突する寸前に列車を飛び降りるんだ」


「………っと、飛び降りるって」
ゾーンは慌てながら言った。


スコールは黙って頷いて、部下の兵士たちにも指示を与えた。
このままでは、列車は確実に輪留めどころかその後ろの倉庫に突っ込む。
かといって、トップスピードに近い列車から外に飛び降りても、怪我だけでは済まないかもしれない。
だから、なるべく自然減速させて、スピードが落ちたところで列車から降りるというのがスコールの考えだ。

スコールはゾーンを連れて、ワッツが居る運転席へ向かった。
そして、彼に運転席の外から入るドアを開けさせた。

顔を出すと、強風が彼の髪をなびかせた。

スコールは列車から身を乗り出して、手動の緊急ブレーキのレバーを力を込めて引いた。
車輪部に鉄の棒を噛ませ、ギギギギギギーッ!と耳をつんざくような金属の擦れる音がする。
鉄同士の摩擦で火花が飛び散る。

列車のスピードはだんだんと落ちてきたが、それでも衝突は確実だろう。

「ぶ、ぶつかるッス~!!」
ワッツが叫んだ。

………今だ!

スコールは慌てるワッツとゾーンの襟を掴んで、開け放たれたドアから飛び降りた。

16部隊の兵士たちも同じように列車から飛び降りていた。

自分たちの乗っていた列車はそのまま、輪留めどころか、その後ろの倉庫に突っ込んだ。
轟音が響いた。

「いてててて……………」
ゾーンは腰に手を当てながら立ち上がった。

「わわわ、ワッツ………列車が」
先に立ち上がったワッツは、ゾーンに駆け寄った。

スコールは、隊員たちが無事であることを確認した。

なんとか目的地には着いた。
(リノア、無事でいてくれ………!)


         ◇    ◇    ◇



辺りは、薬莢の臭いと弾かれた銃弾が転がっていた。

男たちが持っていた銃の弾が切れてしまったようだ。
彼らは動揺を隠せないでいる。

「……クソ!………なんだよ!これは!!おい!続けろ!」

リーダーである男は叫んだ。
しかし、他の者は動かない。恐怖や焦りで動けなかったのだ。

そのとき、爆発音が響いた。
ここからそう遠くなさそうだ。

その男は、人が集まってくる気配と足音を感じ取った。

「…………くっ………逃げるぞ!」
リーダーらしき男が言った。

その言葉に続いて、他の男たちも姿を消した。



その場には、倒れたジョセフ・ロバートと苦痛で呻くアレンとリノアが取り残された。

「アレンさん!しっかり!」

リノアはアレンを抱きかかえた。

アレンは半ば気を失いかけていたのだが、リノアの言葉に我に返った。

「!!」

そして、出血している足を引きずりながら後ろに後ずさりした。

「く、来るな!」

そのアレンの表情は恐怖で歪んでいた。


「………アレンさん」
リノアは彼に手を差し伸ばした。

ビシッ。
その手ははねのけられた。

「?!」
リノアは驚いて、目を見開いた。


「触るなッ!……恐ろしい魔女め!」
アレンの声は憎悪と恐怖をリノアに向けていた。

その言葉に、リノアの動きは止まった。
どくん、と心臓が跳ねる。

「父さん!」
アレンは、倒れている父親の元へ駆け寄った。

そして、彼は自分の父親を胸に抱えた。
父親の意識は無かった。

「よくも……父さんを!………悪しき魔女……許さないからな!」

アレンは唇を噛み締め、自分の父親を大事そうに抱えリノアを睨んだ。


…………魔女の力を暴走させてしまった。

その結果がこれだ。

人は自分を恐れ、憎む。

今まで、親しくしてくれていた人でさえも。

自分のことを愛していると言ってくれていた人でさえも。

リノアの頭は真っ白になった。



   *    *    *



 スコールが港に着いた頃、アーヴァインも車で港に到着した。

「スコール!さっきの光、見たよね?」
アーヴァインもやはり、あの光を見たようだ。

「ああ、急ごう」

二人は走って光が発せられる方に向かった。


 ◇ ◇ ◇



スコールとアーヴァインが向かった先は、なんとも不思議な光景であった。

薬莢の量と火薬の臭いは、まるで戦場のそれを思わせた。

ジョセフ・ロバートは意識は無く、彼の息子であるアレンに抱えられて倒れていた。
アレンは父親を抱えたまま、荒い息づかいで太腿の痛みに耐えていた。

そして、リノアは地面に手をついてしゃがみ込んでいた。

「リノア!」
スコールはリノアに駆け寄った。
彼女に反応はない。

どんな表情か、確認するも、リノアは顔を俯かせており、彼女の長い髪がそれを邪魔して見えない。

傍らには、ひびの入ったオダインバングルが落ちていた。

(魔女の力が暴走したのか!?)

このことが表沙汰になると、まずい。

スコールはリノアの肩を持ち立ち上がらせた。

「アーヴァイン、車を借りる」

アーヴァインもリノアの異変に気がついたのか、黙って頷いた。

「あとは、任せて」
アーヴァインは手を軽く上げてみせた。


「ターゲットのジョセフ・ロバートを確保!」
ティンバーの兵士の1人が声をあげた。

「意識が無い。………病院へ搬送だ!……救護車両を呼べ!」

「おい!消防車も呼べ!残っている奴は、海水を運んで倉庫の消火活動を続けろ!」

 ◇    ◇    ◇



 やがて、消防車が到着して、列車が突っ込んだ倉庫の消火活動が始まった。
人気の無い静かな港は、あっという間に人々の声が行き交った。

そして、2台の救護車両が到着した。

一台は、このクーデターの首謀者である、ジョセフ・ロバートが乗って行った。

「ターゲット、ジョセフ・ロバート。ティンバー国立病院へ搬送!」
兵士の人が確認して、その車両のドアを閉めた。

もう一台は、太腿を拳銃で撃たれたアレンが乗る車両だ。
アレンは担架に乗せられていた。

「この者は………ジョセフ・ロバートの息子だ。クーデター派だな。………ティンバー国立病院へ搬送!」
兵士が確認して、担架に乗せられたアレンを車両に入れ込もうとした、そのとき………


「待ってください!」

スコールに支えられて、アーヴァインが乗ってきた車に乗り込もうとしたリノアが叫んだ。
彼女はアレンが乗ろうとする救護車両に駆け寄った。

そして、一緒に乗り込む兵士に訴えた。

「アレンさんはクーデター派なんかじゃない!…………彼は何も知らなかった!」


「最後まで………私のことを守ってくれました」
リノアは自分の胸に手を当てて、目を伏せた。
その声は震えていた。


「だから、信じてください………」

リノアは兵士に向かって必死に頼み込んだ。

兵士は戸惑った様子で「………あ、ああ。分かりました」とだけ、言った。


「アレンさん…………ごめんね。今までありがとう」
車に乗る手前、彼女は胸に手を当てつぶやいた。





  ◇  ◇  ◇


スコールが運転する車はまもなくティンバー市街地へ入る。
信号が赤になると、気づかれないように横目で助手席に座る彼女の様子を窺う。

長い睫毛に伏せられた、揺れる黒い瞳は、彼女が今何を考えているのか、スコールにはわからない。

「………………………………」


2人は互いに何も言わなかった。

(これから一体どうすれば・・・・・・?)

聞きたいことはたくさんある。

あの場で一体何が起きたのか?
ジョセフ・ロバートはリノアに何をしようとしたのか?

しかし、彼女の憔悴仕切った様子を見ると、それどころではなかった。

彼女はぼんやりと、西に傾いた夕日を見ていた。

先ほどまでの緊張は解かれたのであろう。
やがて、リノアは眠ってしまった。

スコールは黙ってハンドルを握った。

        
  ◇   ◇   ◇



リノアは目を覚ました。

そこは、柔らかなベッドの上であった。


(………ここは…………)


辺りを見渡すと、シンプルだが品の良い家具が並べられている。

壁に掛けられたガンブレードを納めるケースでリノアは確信した。

ここはスコールの部屋だ。

ドアが開いて、スコールが入ってきた。

トレーには温かい飲み物が載っている。

「目が覚めたか?」

そして、ベッドサイドにトレーを置いて、リノアにマグカップに煎れたミルクティーを薦めた。
ミルクティーはリノアが好きな飲み物である。
ガーデンで彼のベッドの上で、このようにマグカップに入れたミルクティーを啜っていた。

「スコール…………ここは?」
リノアは不安そうに彼に尋ねた。

「俺の部屋だ」

スコールは閉じてあったブラインドを開けた。
西に寄った大陽の光が部屋に差し込んだ。

リノアは明らかに不安そうな顔をしている。

「………すまない。車の中で寝ていたけれど、起きなかったから、そのまま運んだ。…………こうでもしないと、2人だけになれそうもなかったから」

スコールは、ブラインドを開けた窓辺に腰掛けた。


リノアの黒曜石の瞳が、差し込んだ夕日に照らされて揺れていた。

一体、彼女に何があったのだろう。


リノアは掛けられていたブランケットを取り、そのままベッドに腰を掛けた。そして、彼の言う通り、ミルクティーの入ったカップを手に取った。

リノアの表情に不安の影が覆った。

「怖がらなくてもいい。リノア………何があったか話してくれないか?」
スコールが心配そうに彼女の様子を伺いながら尋ねた。


リノアは小さく頷いた。
そしてスコールに話した。

パーティーに行こうとしたが、そのパーティーはキャンセルされていたということ。
その後に昼にジョセフ・ロバートと食事をしたということ。
食事が終わり、レストランのテラスでデザートと飲み物を頂いていたら、いつの間にか意識を失っていたということ。
目が覚めたら、港の物置小屋に寝かされていたということ。

自分は閉じ込められていたが、アレンが助け出してくれた。
そして、彼は自分たちを追っている者がいるから一緒に逃げようと言った。

大勢の男たちが自分たちのことを探して、二人で港の中を逃げ回った。
しかし、捕まってしまった。
自分たちを追っていた男たちは、ガルバディア人でもなければティンバーの人間でもない。
服装や装備からして、あれはエスタの人間だとリノアは語った。

アレンが撃たれて、身動きがとれなくなった。
そして、ジョセフ・ロバートが現れ、「魔女を封印する」と言っていた。

そこから先は、あまり覚えていないらしい。
記憶が戻ってきたのはジョセフが倒れ、追っ手の男たちが逃げて行った後のことだった。

「……………覚えているのは、あの目……」

リノアは声を震わせながら言った。

「………目?」
スコールは聞き返した。

「あの目………恐怖で怯えていた。………わたし、魔女の力を暴走させてしまった……………」

リノアは俯いて、膝の上に乗せていた手でスカートの裾をぐっと握った。

「彼、私のこと憎んでいた…………」

彼というのはおそらくアレンのことだろうとスコールは推測した。

「怯えて、後ずさりしながら、わたしから離れていった…………」
その光景を思い出しているのだろう。彼女の声はだんだんと冷静さを失っていた。

「魔女だから……嫌われる………恐れられる…………」

「…………誰も私に触れなくなる………」

これがリノアが最も恐れることだということをスコールはよく知っていた。

彼女の声は震え、光を失った目には悲しみ、恐れ、不安、嘆き、諦め。そういった全ての感情を堪えていた。
そして、彼女の唇は小さく震えていた。

どうしたらいいだろうか……?

このままでは、リノアが…………

壊れてしまう。


スコールは窓辺に腰を掛けていたのを止めて、リノアの方へ向かった。
そして、彼女の前に跪く。
リノアの表情を見つめた。

彼女が少し驚いた様子でスコールを見つめ返した。

時が止まったように思えた。

自分が魔女だからという理由で、人に恐れられ、嫌われ、触れられなくなることが何よりもリノアを傷つける。

ぬくもり、ふれあい………これが、彼女の不安を何よりも取り除く。

彼はそれを知っていた。
しかし、同時に彼は迷っていた。
自分の元を去った彼女に、こんなことをする資格などあるのだろうか?

「・・・・・・・・・・・・」

スコールはリノアの手をとり、自分の方に彼女を引き寄せた。
そして、背中に腕をまわし、そのまま彼女を抱きしめた。

それは、強い抱擁だった。

彼女の身体は驚きで一瞬固くなり、黒曜石のような瞳は、大きく見開かれる。

スコールの腕が背中に回され、リノアは彼の腕の中に収まった。
ばらばらに砕け散ってしまいそうなリノアの心を彼の腕がしっかりとつなぎとめていた。


  ◇  ◇  ◇


彼はリノアの身体をゆっくり離した。
そうすると、二人は互いに見つめ合う形になる。

リノアの瞳は、少し潤んでいた。


ああ。自分はリノアを愛しているんだ。

あの日、彼女が自分の元を離れてしまってから、必死でその感情を抑えていた。
自分の本心と向き合わないように、仕事に没頭していた。

(・・・・・・これが、正しいのかわからないが・・・・・・)

スコールはリノアの頬に自分の手のひらをあてる。
そして彼女の唇に軽く口づけをした。


唇を離すと、驚いたのかリノアはじっとスコールを見つめ返した。


スコールの薄蒼色の瞳が、リノアの瞳と合う。

子犬のようなすがるような瞳。
スコールは昔から、ときどきこんな目をする。

リノアは思った。
自分はスコールのことを愛していると。
世界の誰よりも。


確かに5年前に彼の元を離れた。
絶対に《知られてはならない真実》があったから。

一緒にいたら、勘のいい彼のことだから、きっと気がついてしまうだろう。

この真実を抱えたまま、彼の傍で生きて行くことは耐えられなかった。
最後まで、この秘密は胸にしまっていく。
この誓いは変わらない。


でも……………

でも………彼に見つめられると、どうして胸がこんなにも苦しくなるのだろう……………

彼に抱きしめられると、どうしてこんなにもあたたかい気持ちになるのだろう。


魔女であることで、拒絶され、恐れられ…………

このままでは、自分がどうにかなってしまいそうだった。

消えてなくなってしまいたかった。


しかし、彼に抱きしめられると、砕け散ってしまいそうな心はつなぎとめられる。

もう少し、こうしていることはできないだろうか?

もう少し、こうしていることは許されないだろうか?

(もう少しだけ………)

リノアはスコールの肩に自分の身を預けた。

眉を下げ、切なげな表情の彼女の瞳。

それを見兼ねて、スコールはリノアに再び口づけをした。
先ほどよりも、もっと深く、情熱的に。


これが、正しいのか、果たして許されることなのか、分からない。
でも、ぬくもりを感じ合い、互いの存在を確かめ合うことが、壊れかけたリノアの心を取り戻す唯一の方法に思えた。



夕暮れが迫っていた。
カーテンから差し込むオレンジ色の光が、二人の長い影を作った。

そして、その2つの影はベッドに倒れ込んだ。


見計らったかのように、太陽は西の地へと沈んでいった。




  ◇     ◇     ◇



 
既に、窓から月明かりが差し込んでいた。


スコールはベッドから静かに起き上がった。
汗で額に張り付いた前髪を鬱陶し気に掻き上げる。


彼は傍らで眠るリノアを見る。

長い黒髪がシーツに乱れて広がり、
月明かりがすべらかな頬を青白く照らしていた。


「…………………………」


今残るのは、心地よい疲労感。
そして、それ以上の罪悪感だった。


本当にこれで良かったのか?


スコールは自問した。


彼はシーツを直して、彼女の白い肩を隠した。




そして、ベッドサイドにある置き時計を確認する。

…………もうこんな時間か。




…………クーデターの首謀者を捕えた。

その息子も。

アーヴァインは、自分の抜けた後うまくあの場をおさめてくれただろうか。

ワッツ、ゾーン……リノアのためとは言え、申し訳ないことをした。あの列車はもう使い物にならない。

次々に沸き上がる思考をなぎ払い、彼はベッドを下りてその傍らに落ちた服を身に着けた。




スコールは起こさないように、そっと寝室を後にして、リビングへ向かった。

リビングのベランダ側には、大きなガラス製のデスクが置いてある。
ここに、エスタ製の小型衛生通信機があるのだ。
もしものときの際にと、ラグナが渡したものであった。
これにより、自宅では大陸の通信どころか、エスタとの通信も可能であった。


スコールはアーヴァインに通信を入れた。




『………ツ………スコール?今何処にいるの?』


「………連絡が遅れてすまない。今は、自宅にいる」


『そっか。リノアも無事保護出来て、ホント良かったよ……」

この何の疑いも無いアーヴァインの様子から察するに、彼はリノアは今、セントラル・ホテルにいると思っているのだろう。

『………それでさ、報告なんだけど、リノア達が食事をとったレストランのシャンパンから睡眠薬が検出されたよ。リノアとアレンはそれで眠らされたんだ。あと、病院からの報告によると、ジョセフ・ロバートは食事前に解毒剤を飲んでいた。だから、彼だけには睡眠薬は効かなかった』

「………そうか、ジョセフ・ロバートの容態は?」

『ジョセフ・ロバートの容態は未だ危険な状態。何によるダメージなのかは原因不明だから、根本的な治療というよりも、その場しのぎの処置しかできないらしい』


「………そうか」

魔女から発せられた波動を受けたとき、どのような医学的処置が施せるかというのは手探り状態なのだ。
そもそも、こういったケースが少なすぎる。

スコールはアーヴァインに低い声で応えた。

「………………………」

通信越しの沈黙が続いた。

ジョセフ・ロバート……このデリングシティ・クーデターの最重要参考人だ。もとい、彼が首謀者だ。

この男から聞き出したいことが山ほどあった。
このクーデターに至った経緯、そして、なぜリノアが魔女であることを知っていたのかを。

しかし、その答えは闇に葬り去られることになる。

この翌々日、ジョセフ・ロバートは病室のベッドで息を引き取った。





「・・・・・・・・・アレンの容態はどうなんだ?」

スコールが沈黙を破った。

『ああ、アレンの容態は良好だよ。手術も無事に終わったそうだ』


アレン………彼もまた、重要参考人だ。しかし、リノアの話だと、彼の父親がクーデターの首謀者であることを全く知らなかったようである。
いずれにせよ、確認したいこと、聞き出したい情報はある。

何よりも、彼はリノアの異変を目の当たりにした。
リノアが魔女であることを知ってしまった。このことについては、ラグナやカーウェイ総帥に相談して対処しなければならない。

彼がまともに口がきけるようになった頃に、病院に向かおうとスコールは思った。



しかし、このスコールの目論みは果たされることはなかった。





後々の報告によるものであるが、
麻酔が切れて、目を覚ましたアレンは、病院の白いベッドで言ったのだそうだ。

『僕は、僕は……魔女を……見たんだッ!!』

彼は叫び続けていた。

これには、医者も首を横に振るだけであった、

原因もまた不明であるが、精神的ショックによる意識記憶の混乱とされた。

記録では、アレン、ジョセフ、リノアの3人は何者かに拉致・監禁され、港で救助された、ということになっている。救出された現場には、銃撃の跡だけが残されていた。

誰も彼の言うことを信じることはなかった。

後に、彼はガルバディア国立精神医療支援センターに入所したと報告が挙がっている。

『恐ろしい魔女さ………人の心を捕える恐ろしい魔女なんだ』

彼は唇を噛み締め、ベッドに掛けられた白いシーツを強く握りしめ、こう言い続けたらしい。




永遠の花 第19章》へ続く