永遠の花 第13章





スコール・レオンハートは、自身の執務室のデスクの上で、一時間程前にカーウェイ氏より渡された、書類に目を通していた。



『ガルバディア及びティンバーによる軍事提携』


その書類に目を通した。

 カーウェイから受け取った情報によれば、デリングシティ・クーデターの最初の発端は、今朝未明のデリングシティ市庁舎爆破であった。その後、市内の公共交通機関は完全に麻痺し、大統領官邸、国防省、財務省、ガルバディア軍本部を除いた各省庁はクーデター軍に包囲された。凱旋門前で激しい銃撃戦が続き、死傷者はおよそ6000人、うち死亡者は700人であるとこのデータでは記されている。
 大統領官邸、国防省、財務省、ガルバディア軍本部といった、国の中心的役割を果たす機関は包囲されていないという点と、クーデターが起こったのが未明で、人々が未だ家でくつろいでいた時間であり巻き込まれた民間人が極端に少ないという点が今回のポイントである。
 国政は麻痺したものの、現ガルバディア政府が倒れるに及ばない規模のクーデターであるとスコールは分析した。

もう一つのポイントとしては、このクーデターには反ガルバディア政府の人間のみならず、ティンバーのレジスタンスの関与が疑われるという…である。

ティンバーでは政府の目が行き届かないところで、多くのレジスタンスが活動している。
レジスタンス一味のいくらかは、植民地時代に宗主国であったガルバディアを打ちのめそうと、長年、武器を密造していたという歴史がある。
独立を果たした現在でも、ティンバーの一部レジスタンスは、武器を密輸する発信元となっている。
おそらく、今回のクーデターでも、ティンバーから武器などの物資がデリングシティへ供給されている可能性が高い。

ティンバー国内で膨大な数の中から、クーデターに関与しているレジスタンスをしらみつぶしに探すのは無理がある。
そのため、国境付近に兵士を置いて、レジスタンスとクーデター軍のパイプラインとなるものを断ち切るというのが、この両国提携作戦の意図である。

ティンバーからデリングシティに向かうには、鉄道が一番早い。それ以外の手段であると、オーベール湖西の森を抜けて、ガルバディア大平原を北上しなければならない。あるいは、ロラパルーザ渓谷を越えるか。

渓谷を越えて武器の輸送を行うのは、現実的ではない。渓谷を越える道は非常に険しい。
あるとすれば、検問の目をかいくぐって鉄道輸送するか、オーベール湖西の森を抜けるかである。あの森は、デリングシティとティンバー間をつなげる鉄道が出来る前、ティンバーやドールからガルバディア領土に入る為の唯一の通り道であった。そこからであれば森を抜けることが出来る。

国境付近の警備に当たるとしても、エリアとしてはロラパルーザ渓谷とオーベール湖西の国境付近であろう。

ガルバディア軍を国境付近に置くと、ティンバー国内から反発の声も大きくなる。未だ、ガルバディアとティンバーの領土問題はセンシティブなものであった。そこで、軍事同盟を理由に、両軍が提携して、ティンバー軍が国境付近でレジスタンスの活動を取り締まるというのがある。

そのレジスタンスの掃討をティンバー軍、その中でも第16部隊が担うのである。

ロラパルーザ渓谷の警備には、既に山岳部隊を向かわせた。
午後の会議で提携作戦の意思決定をして、将校に今回の提携の承諾を正式に受ける。
そして、明日ガルバディア大使館に寄り、公務文書を渡した後に、列車でオーベール湖にし(学園東駅にあたる)に向かうつもりだ。鉄道でもそこに行くまで半日はかかる。出来るだけ早く出発したいものだ。こうしている間にも、戦況は動いている。



クーデター鎮圧にあたっての提携の法的根拠としては、ガルバディアとティンバー間における同盟が挙げられる。ティンバーがガルバディアから独立してい以来未だ不戦条約にとどまっていただけであったが、今回の提携が独立以来初めての同盟国らしい試みである。

政府はガルバディアという大国の市場に眼を向けているため、融和政策を掲げている。ガルバディアはティンバーにとって巨大マーケットであるからだ。国民も当然それに気づいており、融和政策に関しては、異を唱える者は少ないが、軍事提携となると話は別である。この国の人間は、誰も戦いを望んではいない。軍事提携は民意に反している。

午前中に行われた将校会議での、老軍人たちがあれほど反発する意図もわかる。



(次の大統領選挙を控えているのに関わらず、このような世論に反した選択を選ぶ理由は一体なんだ?)

政府が決めたことであるから、その政府の所有物である軍隊が逆らうことはできないが、どこかひっかかる。




(・・・・・・考えるのは止めよう)




考え出すと、何も出来なくなる。動けなくなる。

何も考えず、命令が下されるままに動くほうが楽なのだ。

自分が決めたことではなく、言われるがままに行ったことだから、後で何が起こっても後悔はしない。

後悔は、自分が決めて行ったことだから起こるものなのだ。

それが、この5年間、ティンバーという地で一人で生きてきて思うことだ。


(明日の午前の将校会議で、この軍事提携作戦を承認してもらって、サインした書類を、午後にガルバディア大使館に持って行こう)


時計はすでに午後10時を過ぎていた。
夕食を取るのも忘れていた。
ここでケータリングを頼んでもいいが、今日は早く家に帰りたかった。

スコールは、机上に広げられた書類を片付け、執務室を後にした。


  *   *   *


将校クラスの軍人たちの執務室のフロアから、エレベーターに乗った。


フロアを示す、ランプが移動しているのを見つめていた。



25、24、23、22、21・・・・・・・・

フロア数を示すランプが移動している光景が、昨夜の出来事を思い起こさせた。

        
エレベーターに駆け込んできた来たのが「彼女」だったことは、運命のいたずら以外に何とも言えない。
             


彼女に訊きたいことはたくさんあった。

元気にしているか?
友人は出来たか?
そちらの生活は慣れたのか?

   ・
   ・ 
   ・

そして、

なぜ5年前、一緒に来なかった?



けれども、訊けた質問は最初だけ。

『……変わりはないか?』



彼女は肯定的な返事をした。

アーヴァインの言う通り、落ち着いた生活を送っているようだ。

それならいい。

むしろ、自分と一緒になって、面倒なことに巻き込まれかねない。

それだったら、離れて正解だったのかもしれない。

こうなった以上、無理にでもそう考えたかった。



『……ええ』と彼女が答えた後の沈黙は何とも言いがたかった。


どんどんとエレベーターは降りている。ランプが1Fに移動したとき、再び彼女がいない時間が流れるだろう。

そう思うと、無意識に彼女の細い手首を掴んでいた。そして彼女の名を呼んでいた。


『………リノア』


彼女の瞳は怯えていたように見えた。

すぐにスコールはそっと手を離した。


やはり、彼女は自分がいないところで生きていくのだと。

彼女のことを「何とも思っていない」といったら嘘になる。

(未練がましいよな、俺も・・・・・・)


それも終わりにしようと思った。



『娘はガルバディア大使館に預けた』



カーウェイが言ったその一言が頭によぎったが、自分とは関係のないこととして、思考を振り払った。



明日の午後には、リノアがいるであろう「ガルバディア大使館」に向かう。

同じ場所にいたとしても、おそらく、会うことはないだろう。

会う必要も、理由もないのだから。

エレベーターが到着を告げるベルを鳴らす。
スコールは足早に家路についた。


    *   *   *


翌日の午前中の将校会議は、昨日とはうってかわって非常にスムーズに進んだ。
スコールの予想通りであった。

こういうときだけ、自分の意見はよく通る、とスコールは思った。

というのは、すでに実際に動く「駒」が決まっているからだ。

今朝未明に起こったデリングシティ・クーデター鎮圧のためのガルバディア・ティンバー軍の提携作戦に、実際に加わることになったのは、レオンハート准将率いる第16部隊にであると決まったからだ。

無駄な責任を負わせられたくない。下手に意見を言って、あとで何か起こったとき、責任を負わせられる。

そう思っているのか、ほかの将校たちはスコールの言うことに反対するつもりはないようだ。

それを分かっていたので、スコールは淡々と提携作戦について将校達に説明した。


カーウェイにもらった報告書と、ティンバー軍による調査報告・・・・・・現状は頭に入っている。
作戦のイメージも出来ている。

あとは現地から入ってくる最新情報に合わせ、頭の中に入れた情報を書き換え、作戦を適宜修正していけばいい。
かといって、何が起こるのかはわからない。
どんな状況でも柔軟に動けるために、いくつものパターンを頭でシュミレーションしなければいけない。


こんなことを自分は17歳のときから行っているのだ。


あとは、ここにいる将校達の承認を得て、作戦遂行の責任者となるスコールがサインをすればよい。

将校の中でもトップであるダグナー総督が、スコールの展開する作戦内容に深くうなずいた。
それを見て、中尉がガルバディアとの軍事提携作戦に関する公文書をスコールの前に置いた。

どうやらスコールの作戦は承認されたようだ。

「・・・・・・・・・・・・」
スコールは黙って書類に目を落とした。


元宗主国、つまり恨みのある国に手を貸す作戦か・・・・・・
国民がそれを望むはずはない。
それでも大統領直々の指令なのだから、やるしかない。

「レオンハート准将・・・・・・?書面に何か不手際でも?」

隣にいた中尉に声を掛けられた。

ダグナー総督がその様子をじっと見ていた。


はっとなって、スコールは眉間に寄せていた皺を緩めて、右手を少し伸ばしたところにある万年筆を手に取ってサインをした。




『その中に、今回の提携に関する公務書がある。そこにサインしてくれ。私はこの後ガルバディアに戻る。今後、ティンバーとの直接的なやりとりは、ティンバーのガルバディア大使館に委託してある。そちらに渡しておいてくれ』



カーウェイ氏が言ったとおり、あとはこの書類をガルバディア大使館に持っていけばいい。

それが無事受理されたら、何の問題もなく、ティンバー軍とガルバディア軍は軍事提携を行うことができる。


スコールは、書類を抱え立ち上がった。

「では、これをガルバディア大使館のロンメル大使に渡してきます」
ダグナー総督に向け、敬礼をして、スコールは会議室を後にした。


     *   *   *


この日のガルバディア大使館は、本土デリングシティとは違って穏やかであった。

白い石造りの重厚な建物の玄関両側には、国旗が掲げられ、風になびいていた。



スコールはロビーに寄せられた黒塗りの公用車を降りた。

出迎えた大使館の職員が、丁寧な礼をしてスコールを大使の執務室へと案内した。
スコールは職員の後に続いた。

職員がノックをすると、中から壮年の男性の声がした。

スコールは開けられたドアに入った。職員の男性は礼をして執務室を後にした。


「レオンハート准将、お待ちしておりました」


ロンメル大使は彼を丁寧に迎え入れた。

ロンメル大使はとても軍人上がりとは思えないほど物腰の柔らかな人物だとスコールは思った。
カーウェイの友人であると聞いている。


「どうぞお掛けになってください」と言われたので、スコールは中央のソファーに腰を下ろした。ロンメルも彼の正面に座った。


「提携に関しては、カーウェイ総統からお聞きになったと思われます」

「はい。・・・・・・今回のデリングシティ・クーデター鎮圧のための軍事提携について、ティンバー軍は全面承認しました。ここに公文書があります。ご確認ください」


「ええ、さっそく書類を拝見いたします。最近は老眼が進んできて、読むのに時間がかかるんですよ。准将はお茶でも飲んでゆっくりしていってください」


ロンメルはそう言うと老眼鏡を取り出して、封筒から文書を取り出し、目を通し始めた。


「……祖国が大変なときに、私なんて呑気なものです。こうして本国から離れた地で、書類の受付をするだけですから」


スコールはなんと言っていいのか分からなかったから黙ったままであった。


「私は軍人上がりなのですが、戦争とは縁がないようなんです。魔女対戦時のときには既に大使館に勤めておりました。電波塔奪取のためのドール侵攻の時も、バラム占拠の時も戦地とは離れたところにいました。ティンバー侵攻のときも……」

そこまで言って、ロンメル大使は口を閉ざした。
ティンバーで、25年前ガルバディアに侵攻されたことは禁句であった。

大使が申し訳なさそうにしていたので、スコールは言った。


「自分はティンバー生まれではありません。バラムでずっと育ってきましたから」

その言葉にロンメルはほっとした様子であった。


「カーウェイとは士官学校時代からのなじみでしたが、彼とは正反対のようですね」



カーウェイ氏とは本当に正反対の人物である。
しかし、彼を呼び捨てする感じから、士官学校のときから仲は良かったことが伝わってくる。
そしてその絆は今でも変わらないようだ。
なぜ彼らがそんなに意気投合出来たのかスコールは分かる気がした。

         ◇   ◇   ◇

しばらくして、ロンメルが受け取った書類をテーブルでトントンと纏めた。



「この提携公務文書は確かに、受理しました」

「以降、ガルバディア・ティンバー間のやりとりは私がまとめさせていただきます」

「宜しくお願いします」とスコールも丁寧に言って、立ち上がろうとしたとき、





ドーーーーーン!!!!


大きな爆発音が響いた。

カタカタと爆発の振動で窓ガラスが揺れていた。


「何だ?!」

ロンメルは立ち上がって状況を把握しようとしていた。

爆発音は確かに外から聞こえたものであった。


「!」


スコールは立ち上がって窓の際へ寄った。

まだ外には爆発物を持った何者かがいるかもしれない。

壁に背中を合わせ、窓の隅から注意深く外を見た。

爆発音はパニックを引き起こし、路上で歩いていた通行人をうろたえさせていた。

ガルバディア大使館の入り口門の前には野次馬が集まり始めていた。

それを門番が取り押さえている。


スコールが外の様子を伺っている間、ロンメル氏は電話机の上の受話器を取った。

「こちらティンバー在住のガルバディア大使のロンメルだ。今、大使館に爆発物が投げ込まれた。………ああ、無事だ。………こちらのことは私が対処するが、念のため、ガルバディアから警護の兵をよこしてほしい。こちらには、カーウェイ総帥のご令嬢がいるのだ」

ロンメル大使は冷静に受話器に向かって話した。

しばし、相手の応答を待ったあと、彼の表情が変わった。

「………………ティンバー行きの鉄道が爆破されて時間がかかるのか。列車以外の手段だと、ティンバーへ人をよこすにはどれくらいかかる?」

スコールの眉が一瞬だけ動いた。
(確か、数カ所線路や橋が爆破されているのだったな)
カーウェイから受け取った報告書を思い出した。



「そんなに………!………わかった、こちらで緊急措置は施す。また後で報告する」

ロンメルは受話器を置いた。

………ガルバディアの状況は悪化しているようだ。
スコールは察した。

ロンメル大使は一瞬冷静さを欠く姿をわびる目でスコールを見た。

「すみません。・・・・・・私は外の様子を見てきます」

「自分も行きます」

スコールと大使は足早に爆発されたと思われる場所に向かった。

    *   *   *

美しいガルバディア調の庭園は見るも無惨に破壊されていた。

新緑の緑の中に、焼け焦げた茶色は何とも言えないコントラストを醸し出していた。

それでも、半径数メートルであったので、庭の木々の大部分は残っている。

スコールは、硝煙の匂いが残る中、焼けこげた草の上を歩き、爆発物の破片らしきものを手に取った。


「………………………………」

それを、注意深く見る。

(これは、簡易的な手榴弾だな。どの国の軍隊でも出回っているし、民間人でさえも手に入る可能性がある)

「………………………」


「何かお分かりになったのですか?」

後から来たロンメル氏が尋ねた。



「大使………この手榴弾は殺傷目的に使われるものではありません」


「なんだって?一体何のために……?」
ロンメル氏は眉をひそめた。


(………脅迫、だな)


なんのために投げ入れられたのか、理由は分からない。
ティンバー・ガルバディア間の鉄道爆破のタイミングといい、このガルバディア大使館爆発物投入といい、今回のクーデターと関係あるのか………?

現段階では分からない。

余計な推測は後で混乱を生む。ここは、何も考えず今対応出来ることを行うまでだ。


「以前にも、このようなことはありましたか?」



「………私が来てから、物を庭に投げられることは数回ありました。ガルバディアはティンバーの元宗主国ですから、恨みを持つ人も多いのです。しかし、このように爆弾を投げられるということはありませんでした………」



「………………」


確かに元宗主国のガルバディアに恨みを持つ者は多くいるだろう。


これが、行き過ぎたガルバディアに恨みをもつ者の仕業なのか、それともクーデターの関係者なのか?


「直に警察が来るでしょう。………デリングシティが大変なことになっているこのタイミングでこのようなことが起きるとは………」

ロンメル氏は呟いた。


「私はお招きしている方がいるので、その方のところへ行ってきます。突然の大きな爆音にきっと驚かれているでしょうから………」

ロンメル氏は軽く会釈をして去って行った。


招いている人とは、おそらくリノアのことだろう。

スコールも軽く会釈をして、黙って爆発物の跡を調べた。





しばらく経って、警察や消防が来て、爆発物の残骸の処理とスコールとロンメル大使に聞き取りを行った。

以前にもこのように反ガルバディアの人間がガルバディア大使館を威嚇攻撃することはあったので、今回もそれと同じように扱われた。

一人の警部と思われる男性が、メモを片手に、スコールの傍らに立った。
スコールの軍服と、そこにぶら下がる勲章の数を見て、非常に低姿勢な様子で尋ねた。
「すみませんねえ、きまりなもので、お名前とご職業を教えていただけませんか?あと、本人が確認出来るものを……確認のためですよ」

スコールは少し苛立ったようすで答えた。
公文書が大使館で受け取られたら、なるべく早く作戦遂行のための準備に取りかかりたかった。
早く彼の指揮する第16部隊の元に行き、作戦を伝えて出発しなければ。

「スコール・レオンハート。ティンバー軍総本部将校准将………」

警部は手帳になにやら書いていた。

「ええと、あとですね、何時くらいにこちらに来られたのですか?今は11時30分ですが……」

「10時過ぎだ」

スコールは淡々と質問に答えていった。



 ◇    ◇    ◇



「………はいはい、それで、爆発物が殺傷目的ではないことがわかったわけですね。……なるほど。なるほど………」


「えーっと、あとは………」

ぱらぱらと手帳をめくりながら、警部は質問することを探しているようであった。

後で何か調べないと行けないときに「なんで聞き取りで訊かなかったんだ?!」と上司に怒鳴られるからだ。
とりあえず何でもいいから訊いておこうというのがこの警部の意図だろう。


「んー………ガルバディア大使館へお出向きになったご用件は何だったのですか?」

確かに、ティンバー軍の将校がガルバディア大使館に来るのは不思議なことである。
軍事提携は一部のティンバー軍関係者にしか知られていないのだ。


その質問をされるや否や、スコールは伏せていた目を相手に向けた。

「………その質問に答える義務はあるのか?」

絶対零度の視線に、警部の背筋は凍り付いた。


「いえいえっ!ただの聞き取りですから、任意ですよ!任意!………聞き取りはこれで以上です。お疲れさまでした!」
そう言うと、警部は足早にスコールの元から立ち去った。


そして、ロンメル大使がロビーに再び現れた。ハンカチで汗を拭いていた。
いろいろなことが1日のうちに起こりすぎている。大使は疲れた様子であった。
ふう、と息をついた後、ロンメル大使は口を開いた。
「犯人については、ティンバー警察にまかせるしかない。………この処理については私が対処します。レオンハート准将、ガルバディアのことで何かありましたら、私まで」


そのとき、数台の軍用車がいきなりロビー前のロータリーに横付けにされた。
よく見れば、ティンバー軍の国旗が記されているではないか。

?!

大使館内はガルバディア領事権が及ぶところである。
それなのに、ずかずかと入ってくるなんて。無礼きわまりない。

ロンメル大使とスコールは不審に眉をひそめた。


その軍用車からひときわ長身の男性が降りた。


彼はスコールと同じく、濃緑のティンバー軍服に身を纏っている。



「ティンバー軍第4部隊長のウィクレーです。爆発物が投げ込まれたとの情報があり、こちらに伺いました」

肩に付く程度の黒い長髪を後ろに流した、青い瞳の端正な顔立ちの男であった。年はスコールと変わらない。

紹介を受けたロンメル氏は不思議そうにウィクレーを見た。

第4部隊の仕事は主に護衛警備であるが、

なぜティンバー軍の部隊が来る必要があるのだ?




「これはこれは、レオンハート准将。このようなところでお会いするとは」


ウィクレーは不敵な笑みを浮かべた。

スコールとウィクレーは入隊の年は同じである。
ウィクレーの父方には歴代のティンバー将校が集まり、母親は資産家の娘である。いわゆる、名家というものだ。
彼は生まれはティンバーだが、ドールの名門私立学校へ通っていたらしい。士官学校やガーデンのようなところではなったので、軍人を目指すにあったっては特別に家庭教師をつけていたらしい。(また、密かにバラム・ガーデンの入学試験を受けていたらしいのだが、真相は分からない)

入隊前から、ティンバー軍の若い人間の中では一番の出世頭と言われていた。
しかし、スコールがティンバーにくると決まってから、状況は変わった。

ウィクレーも他の兵士に比べれば、この若さで隊長になっているのであり、非常に早い出世であるのだが、スコールにはかなわなかった。

彼は自分が中心にいないと気が済まない性格であった。
自分よりも周囲に注目される人物が許せなかった。

このような理由で、ウィクレーはスコールに対して因縁の炎を燃やしていた。

当然スコールはそんな彼にはおかまいなしであったが。



「ロンメル大使、ガルバディア本土から応援の護衛兵が来れない今、あなた含めガルバディア大使館関係者、及びフューリー・カーウェイ御令嬢の警護をティンバー軍第4部隊が受け持ちます」

ウィクレーはきどった様子でロンメルしに言い渡した。



「………?!……私は何も聞いていないぞ?!」


「それなら、お確かめになられた方が…………」


ウィクレー隊長は余裕の表情を浮かべていた。

スコールはそのようすを黙って見ていた。



「・・・・・・ッ!」
ロンメル大使は少し苛立った様子で、大使館の建屋内に入った。
そして、ダイヤルを回し、ロビーに置いてある電話を取った。

両開きの玄関ドアは開けたままになっていた。
スコールとウィクレーはその様子を見ていた。


「こちらティンバー在中ガルバディア大使のロンメルだ。………今、ティンバー軍の人間が大使館にやって来た。………私を含めガルバディア大使館関係者、それと、カーウェイ統帥の御令嬢の警護をティンバー軍が受け持つと言っている。それは本当なのか?!」




「……そうか。もう話は済ませてあったのだな。……………ふむ、ジョセフ・ロバート代議士が…………。ああ、分かった。ほう、代議士のご子息がこっちにいるのか。・・・・・・アレン・ロバート、軍事外交官なのか・・・・・・。今、大使館に向かっているのだな。今後の対応はアレン・ロバート外交官と私がしていこう」

その後、ロンメル大使はいくつか言葉を交わして、受話器を置いた。
そして、スコールとウィクレー隊長のもとに戻ってきた。
「ティンバー軍による警護の件は、本土でも了承済みであった。いずれ正式な書面で確認することになる」


「ご理解いただけたようで何よりです」

ウィクレーは軽く会釈をした。

「私は今からカーウェイ令嬢のところに行ってきます。先ほどの爆発や今後の警備対応についてお伝えしなければ」

そう言って、ロンメル大使はその場を後にした。


玄関ロビーには、スコールとウィクレーが残された。



ここで黙っていたスコールが口を開いた。

「…………しかし、第四部が護衛にあたるなどという連絡は自分には来なかった。特に、国をまたぐような事案に関しては将校以上の判断が必要だ」


ティンバー軍が元宗主国ガルバディアの軍部最高責任者の令嬢を護衛するだと?
(普通、そんなことありえない)
スコールは不審に思った。

そんな重要なことは将校……その中でもトップクラスの人間にしか決められない。そして、自分の元にも何かしら連絡は入るはずだ。


「これは失礼致しました。伝達の不手際があったようで、以後気をつけます」

ウィクレーは丁寧に礼をした。しかし、それはどこかしらじらしかった。



ウィクレーは大使館の職員に案内されて、奥の応接室へと向かった。


スコールはロビーの大理石に目を落とし考えた。



ティンバー独立記念式典。
デリングシティ・クーデター。
列車爆破。
ガルバディア大使館への爆発物投入。
突如決まったティンバー軍によるガ軍総帥令嬢の警護。

これは偶然なのか?
全てが繋がっていると、現段階では言い難いが、それにしても次々にいろいろなことが起こる。


スコールが考えていると、ロビーにロンメル氏が戻っていた。

「まったく、ティンバー軍の世話になるとは・・・・・・。このような大事なことならば、決まった後にすぐに知らせてくれたらいいものを」

ロンメル大使がやれやれと、溜め息をついた。




「自分にも連絡は来ていませんでした。………一体どういうことでしょう?」
スコールはロンメル大使と目を合わせた。

少し考えて、ロンメル大使は言った。
「…………ガルバディア政府がティンバー政府に私たちの警護を委託したのでしょう。鉄道が爆破され、交通網が凍結してしまった以上、本土から護衛兵を呼ぶことも出来ません。このような事件が起こった以上、お嬢様の身に何か合っては大変です。今回の独立記念式典のゲストであるお嬢様をホスト役のティンバー政府が護衛すると申し出たのでしょう。いずれにしても、私もお嬢様もこの国から出ることは出来ないのですから、ティンバー軍にお世話になるしかありません………」

ガルバディア大使と軍の最高責任者の娘がティンバーに取り残され、その軍に守られる。
この異常な事態に、ロンメル大使はうなだれていた。

ガルバディア首都でクーデターが起こり、鉄道の使用が不可能になったことを機に、ティンバー政府はガルバディアにつけこんだのであろう。

(護衛と言いながらも、まるでリノアが人質じゃないか)

もちろんロンメル大使も、このことに気付いている。


ティンバーは、クーデターにつけ込んで、ガルバディアに対して優位に立とうとしている。

重い沈黙が二人の間に流れた。


「ロンメル大使。御令嬢を御呼びいただけたでしょうか?私からもご挨拶をしたい」

重い沈黙に割って入るように、ウィクレー隊長が応接室からロビーに来た。

ロンメル氏がなかなか来ないので様子を見にきたのであろう。

「わかりました。応接室にお呼びしましょう」

ロンメル氏は気の進まない様子で答えた。


「それと……………」


「……………警察にもお話していただいたようですが、今回の爆発事件に関して、もう一度詳しくお話をお聞かせください」


ウィクレーは笑みを浮かべた。

スコールはその笑みを見逃さなかった。



この男。

ガルバディア大使の護衛にあたって、ロンメル大使やリノアからガルバディアの情報を搾り取ろうとしている。そして、自分が優位に立とうとしているのだ。

スコールは眉間に皺を寄せた。

ロンメル大使も、ウィクレーの意図を感じ取ったらしい。


「言っておくが…………私はガルバディア領事権を放棄したわけではない。今回の事件に関係のある事以外は話さない」
ロンメル大使はきっぱりと答えた。


「それはこちらも承知しております。関係がなければ………ですね」
ウィクレーの青い瞳が、冷たく光った。


「………………っ」

ロンメル大使はウィクレーを睨み返した。

ウィクレーは言い残すと踵を返して応接室へ戻って行った。


ロンメル大使は、黙ったままウィクレーの背中を睨んでいた。

その様子を見かねてスコールは、
「………ロンメル大使。貴方と貴方が代表する国の権利は守られるべきです。………何かあれば、自分を使ってください」
そう言って連絡先の書いてある名刺を渡した。

「自分がクーデター鎮圧作戦のティンバー代表です。今、ガルバディアとティンバーがいがみ合うのはよくない。・・・・・・ウィクレーが無礼な真似や行き過ぎたことをしたなら、すぐに知らせてください」



「ありがとうございます」

ロンメル氏は深々と礼をした。


「自分はここで失礼します」

そう言うと、スコールは玄関扉の前に付けた車に向かった。


やがて、ゲストハウスよりリノアが、大使館建屋にやってくる。

昨夜あのようなことがあったから、もし鉢合わせしてしまったら、彼女とどんな顔をして会えばいいのか分からない。

はち合わせてしまう前に、早くこの場を去りたかった。


                      《永遠の花 第14章》へ続く