その言葉を待ってた





彼女との「ちゃんとした出会い」はあのときだった。



朝の始業前のいつもの教室。
ドリス・ランバートはバラム・ガーデンの男子生徒。17歳だ。勉学も実技もそこそこ。SeeDになれる程ではない。でも友達は多い。

「なあ、ドリス。昨日の課題やった?」
いつもどおり、馴染みのメンバーに話しかけられる。
「ああ」
ドリスは頷いた。
(あのな、こう見えて真面目な方なんだ)

「マジかよ。オレまだなんだよ」と友人は言い残して早々と席に戻った。というのも、そろそろ、このクラスのホームルームが始まるからだ。ドアが開き、担当教官が教室に入ってきた。

いつもと違うのは、ガーデン教師の後ろに、ここ教室では普段見ない姿がついてきたことだ。

前に立った教師が一言二言何かを言い、彼女に自己紹介を促す。

豊かな黒髪が少し揺れた。色白の顔は、心なしか緊張のためかこわばっていた。でも、その場に打ち解けようと、笑顔で精いっぱい話す様子が印象的だった。制服を着ていない彼女は、少しかしこまった様子から、この子が真面目に勉強しに来たという姿勢が窺われる。

「リノア・ハーティリーといいます。えっと、わけあって、バラムガーデンでお世話になっています。シド学園長のご好意で、教養科目の授業を受けさせてもらうことになりました。よろしくお願いします」

(この子か・・・・・・)

いつからかガーデンにいる子だ。
今まで一度も話したことはない。
ガーデンの生徒ではないみたいだし、何か理由があってここにいるようだった。いつもSeeD達と一緒にいるから、一般生徒からすると、なんとなく近寄りがたかった。

「席は・・・・・・あそこだ。あの一番後ろの席・・・・・・」
教師が彼女の席を指差す。

頬杖をついてぼんやりしていたドリスは、自分が急に教師から指差されてドキッとする。素早く身体を起こして、頬から手を離す。

気づいたときには、彼女はドリスの席の隣に来ていた。

「よろしくね」

彼女は小さく笑った。その顔が可愛いらしくて、ドリスは照れ隠しなのか目を逸らしながら「ああ」とだけ素っ気なく言った。
(第一印象、悪いよな。これじゃ)

その後、教師から課題提出の連絡や次の実技の話があって、ホームルームは終わった。1時間目が始まるまで少し時間がある。その間にリノアはあっという間に数人の女子生徒に囲まれた。

「よろしくね」 
「一度話してみたかったんだー」 
「ガルバディアガーデンのときも、一緒に戦ってくれたよね」 
「ずっと保健室で休んでみたいだけど、もう大丈夫なの?」 

(まあ、転入生が来るとお決まりのやつってわけだ) 
ドリスは片耳で彼女らの会話を聞いていた。 
そして、女子生徒の一人が言った。 

「ねえ、スコールとつきあってるの?」 

「えっ?」 
始めはにこやかに質問に答えていたリノアは少し黒い目を見開いた。 
そして、俯きながら答えた。 
「う、うん。・・・・・・そういうことになるのかな」 
少し頬が赤くなっていた。リノアは少し困っていた。 

二人の出会いは、初めこそ華やかなダンスパーティーだったものの、再開した時はティンバー独立に向けての作戦行動の中だったし、リノアが惹かれたときは魔女との戦いが始まっていた。さらに、二人の心が結ばれたと互いに知ったときには、混乱の最中しかも冷たく暗い宇宙の中だった。 
「付き合う」とか「恋人」「彼氏」「彼女」なんていう10代の少女が好きな恋愛小説の中にあるようなストーリーとはかけ離れた世界の中で二人は結ばれた。だから周りの人に「付き合っている」と形容されることにリノアは内心戸惑ってしまった。 

それでも、女子達の質問は続く。ドリスは教科書を読むフリして会話を聞いた。 

「どっちから告白したの?」 

「う~ん。わかんないなあ。そんな告白とか、そういうのなかったし」 
リノアは少し困った表情で答えていた。 
女子生徒達は「ふ〜ん」と意味深な相槌をうった。    

女子達の質問はまだまだ続く。 
「どこで知り合ったの〜?」 

「彼の任務先で。たまたま、ね。ごめん、うまく言えないんだけど」 

「いいよ、いいよ」 
ガーデンの生徒だから、SeeDの任務には守秘義務があることはもちろん知っている。 
だから、リノアに話せないことがあることももちろんわかっている。 
みんな、リノアがどうしてガーデンにいるのか、SeeD達とどういう関係なのかなど、任務に関わることはそれ以上聞かなかった。 

「どっちから好きになったの?」 

「わたし・・・・・・かな」 

リノアの答えに周りにいた女子は感心したように息を吐いた。 
「すごいなあ。スコールって、そういうの全然興味なさそうだったもん。みんなびっくりしてるのよ」    
女子の一人がそう言ったところで、1時間目の授業の担当教師が入って来た。それに気づくと、みんな散り散りに自分の席に戻った。 

リノアはいきなりの質問攻めに、ふうと息を吐いて自分を落ち着けようとした。

(初めての授業・・・・・・頑張らなくちゃ)

魔女の処遇をめぐる会議の決定によりリノアはガーデンに身を置くようになった。スコール達SeeDは任務やガーデンの運営に明け暮れた。その間リノアはガーデンに残るしかなかった。ガーデン生ではない彼女にできることは待つこと以外何もなかった。図書室の本を読んだり、イデアの手伝いとして年少クラスの子ども達の世話をするくらいだった。
リノアがガーデンに身を置いて1ヶ月程経った頃、そんな彼女を見兼ねた学園長であるシドより教養科目の授業を受けてみないかと話があった。リノアは嬉しかった。ガーデンで過ごす毎日は安全かもしれないが退屈だったし、スコール達がどんなふうに学んできたのか少なからず興味はあった。バトルこそは魔女に関する協定で固く禁止されているためできないが、何かを学んで成長して、少しでもみんなと同じように自分の足で立ちたかった。
「それじゃ、授業を始めます。今日は神聖ドール帝国から周辺諸国が独立するまでの流れについて………」

  * * * 


真剣な表情でリノアは授業に臨んでいた。
教師の言ったことを一言も漏らさないという姿勢で話を聞き、ノートを取っていた。

が・・・・・・リノアは機械音痴のようだ。途中、教師から机に備え付けられた端末を開くように指示されるが、彼女の手はすぐに止まってしまった。

その様子を隣に座るドリスは横目で見ていた。
彼はいわゆる「困っている人を見かけるとほっとけない類の人間」に入る。
隣で端末の画面に向かい固まってるリノアが気になって、これじゃ授業に集中できない。

「あのさ・・・・・・」
ドリスは小声でリノアに話しかける。

「先生から・・・・・・何か貰ってない?初期のアカウントとかパスワードとかが書いてある紙とか・・・・・・」

彼女は「うーん」と考える表情を浮かべながら、持ってきたファイルからごそごそ何かを探した。そして一枚のカードを取り出した。

「そう、それそれ」とドリスは小さく頷いた。

「ここ、クリックして。そうすれば、初期ログイン画面になるよ。そこで自分のアカウントとパスワードを設定して」

ドリスは腕を伸ばして、身体を少し寄せて画面の端のボタンを指した。
そのとき、彼女の髪から爽やかだけど甘い匂いがした。
(わ、いいにおい)
指した手を引っ込めてドリスは姿勢を戻すと、横からの視線に気づいた。
「ありがとう」
リノアがにっこりと微笑んでそう言った。
不覚にも、ドリスはドキッと心臓が高鳴った。
(ダメダメダメ。この子はスコールと付き合っているんだから)
湧き上がった感情を拭い去るべく、前に立つ教師の話に集中するように努める。でもしばらく集中できなかった。
始めは彼女にドキッとしてしまったことの罪悪感があったが、だんだんと薄れていき、いつもの呑気でポジティブなドリスに戻っていった。
(ま、可愛いんだから仕方ないじゃないか。誰の彼女だとしてもさ)
(実際、彼女に親切にしたんだし、たぶんこれからもこの転入生にいろいろ世話を焼くことになる・・・と思う。これくらいは隣の席なんだからいいだろ)
先ほど起こってしまった感情を正当化することで平常心を取り戻し、ドリスは授業に集中することにした。


第二話》へ続く