その言葉を待っていた 第二話



リノアがガーデンで授業を受けるようなって、3日が経過した。
たまたまリノアの隣の席であるドリスは気づいてきた。
彼女は勉強があまり得意ではないようだ。
初っ端から授業につまずいていた。

「大丈夫?」
授業が終わった後、ドリスはリノアに尋ねた。
彼女は困った笑顔を浮かべて言った。
「う〜ん、スコールがね『真面目に聞いていれば大丈夫だろ』って言ってたんだけど、やっぱガーデンの授業は難しいね」
それでもリノアは真面目に授業を受けていたが、要領はあまりよくなく器用ではない。でもとても一生懸命で健気にドリスの目には映った。
「そりゃSeeDになる奴らは頭のつくりが違うんだよ」
ドリスは冗談を織り交ぜてフォローする。
「そうなの?」
きょとんとした顔で首を傾げリノアは聞き返した。
(この子、何にも知らないんだな)
SeeDがいかに能力に優れた戦闘集団かということをわかっていないのかもしれない。戦いの世界に身を置いてきた自分たちと、この子は住む世界が違うんだ。ドリスはそう感じた。
「そうだよ。だから気にするなよ。わからないことあったら聞いてな」
ドリスはそう言って席を立ち上がった。
「うん、ありがとう」
リノアはこくりと頷いて微笑んだ。

その姿仕草あまりにも素直で無邪気で無防備で・・・・・・
「これが普通の女の子なんだ」とドリスは思った。
周りにいるガーデンの女子生徒とは違う、ほっそりとしているけれど柔らかそうな身体や訓練などで外に出る時間が短いためか焼けていない真っ黒で艶やかな黒髪や白い肌。
スコールはこの子を独占できるんだと思うとドリスの心の奥に得体の知れない何かがさざ立った。

  * * * 

その日、スコールは任務から戻り、学園長への報告に向かった。一通り報告した後、学園長シドは帰還したSeeD達に労いの言葉を与えた。
「予定より二日も早く任務を完了し、クライアントも大変満足していましたよ」
その言葉にスコールは何も言わなかったが、隣に立つ男性SeeDが言った。
「スコール班長の的確な判断と戦闘時のリードのおかげです」
シドはその言葉にニッコリと笑い、スコールに目を向けた。
「そうですか。さすがです、スコール。しばらくゆっくりしてほしいところですが、君は明後日開かれる国際会議に私と一緒に来てもらいます。この場はこれで解散しますが、スコール。その話もあるので君はこのままここに残ってください』
シドの言葉に同僚SeeD達が憐れむような視線を横目でスコールに向けた。スコールはその視線を感じていたが、表情を変えずに前を向いていた。
『了解』
それだけ言った。

一緒に任務に赴いたSeeD達が学園長室を出て行った後、シドはスコールにドールで開かれる国際会議について具体的な話を持ち出した。
会議は明後日開かれるが、明日のうちに出発するらしい。
もちろんシドの話を聞いていたが、スコールは頭の中で別のことも考えていた。
(本当は…………リノアと過ごす時間を増やしたくて、二日分前倒しで任務を終わらせたのに………)
シドはリノアのことを考えているスコールを他所に話を続けた。
「現在、バラム・ガーデンの立ち位置は非常に際どいところにあります。………魔女の討伐には成功したものの、一番最初の魔女暗殺には失敗していますし、その後のガルバディアのミサイル報復、ガーデンの移動、ガルバディア・ガーデンとの交戦………さまざまな混乱をもたらしたといえるのも事実でしょう」

「………………」
スコールは何も言わずにシドを見ながら話を聞いていた。
「君を責めているわけではないのですよ。スコール。ガーデンと魔女との戦いだって、君を指揮官にするのだって、全て私が命じたことですから」

「今となっては、あれらは全て『なるべくしてなった』………そう思うのです」

そこまで、言うとシドは軽く咳払いをした。
「話が逸れましたね」

「国際世論が少しでも傾けば、リノアのことをガーデンで保護できなくなってしまう。世間がそれを許さない」

(…………早く任務を終わらせたから、また違う任務を入れられてしまった………)

「マスター・ノーグの方針のもとではなく、新しい方針のもとで、このガーデンが健全に運営されているということを世に知ってもらわなければなりません」

(予定より早く帰れるとリノアに連絡を入れたとき……すごく嬉しそうにしていたのに………)

「ガーデンのリーダーの君が表に顔を出すというのは効果をもたらすでしょう。世間からガーデンの信頼を得るという意味で」

(………また明日任務に行かなければいけないとリノアに言ったら……どんな顔するだろう……)

「………言い難い話ですが、君が表に顔を出して、ガーデンは魔女の監視保護を怠っていないということ、万が一魔女が暴走した場合はそれを制御する用意がガーデンにはあるということ。それを世に示すのです」

(………リノアは俺が必要だと言ってくれるが………)

「そうすることで、ガーデンは信頼を勝ち取っていかなければなりません。リノアのためにも……」

(俺の方がリノアを必要としているんだ……)

「スコール?」
あまりにも反応がないスコールにシドは呼びかけた。

「承知しています。明後日の会議の場で、ガーデンの保護監視体制や非常時の対処等、各国からの質問に答えられるように準備しておきます」
スコールの応答にシドは満足した様子で微笑んだ。
「よろしくお願いしますよ、スコール」

スコールはSeeDの敬礼をした。
(今は、とにかく……リノアに会いたい)

会って、抱きしめたい。
口付けたい。
名前を呼んでほしい。
自分だけを見てほしい。

本当は、この腕の中に閉じ込めて、どこにも行かせたくない。
離れる時間が増えるほど、自分の心の中はリノアで支配されていくようにスコールは感じた。


   *  *  *


授業が終わりリノアは寮に向かった。向かう先は男子寮、スコールの部屋だ。今日、リノアが授業を受けている昼間に任務から帰ってくると連絡があったから。
早く彼に会いたくて、自然と歩く速度が上がる。
自動ドアを開けると、スコールはシャワーから上がったところなのか、少し濡れた髪のまま出てきた。
リノアは勢いよく彼の胸に飛び込んだ。
「おかえりなさいっ」
腕をスコールの首の後ろに回してぎゅっと抱きしめる。彼もリノアの腰に手を回して優しく応えてくれた。
「ただいま」
そう言って、リノアの額に軽くキスを落とした。
任務から帰ってきたばかりのスコールは、疲れているのか少しやつれて見える。
「……今ね、授業を受けてきたの」
リノアは彼の胸の中で見上げる。
「今日で3日目なんだよ」
スコールの蒼い瞳には優しい光が宿っており、彼女を見つめ返す。
「授業か……そうだったな」

シド学園長からリノアがガーデンで授業を受けてみないかと提案された時、スコールもその場にいた。
そのときのリノアの瞳の輝き、眩しいくらいの笑顔は覚えている。
彼女が喜ぶのは嬉しい。しかし、心の奥が少しざわついた。

「あのね……ガーデンの授業、スコールは『真面目に受けてれば大丈夫だろ』って言ってたでしょ?」
身体を離してリノアはスコールの袖を掴んだまま、彼の胸の中で見上げた。
スコールは、そんなこと言ったっけという顔をしていたがリノアは続けた。
「でも、難しかったよう」
リノアは口を尖らせて上目遣いで責めるようにスコールを見た。その表情がとても可愛いとスコールは思った。
「悪かった」
苦笑しながら拗ねた唇にスコールはキスをした。

  * * *

「それでね、ヤマザキ先生の授業でね・・・・・・」
スコールとリノアはベッドに腰掛けて話をしていた。と言ってもリノアが一方的に授業であった出来事を面白おかしく話しているだけだが。スコールは少ないながらも相槌をうつ。

どうしてだろう。
リノアは楽しんで話しているのに、少しだけ苛立つ。幸せそうな彼女を見るのが好きなのに。
自分の知らないリノアの時間があるのだと思い知らされて、もやもやする。
(なんだこの気持ちは………)

「ヤマザキ先生って怖い先生なんだよね?クラスの子が言ってた。でもね、わたしが授業でわからないところがあって困っていたら・・・・・・」
スコールははじめこそリノアの目を見て話を聞いていたが、次第に赤く熟れる愛らしい唇や黄色いリボンが結ばれる胸元、スカートから伸びる白い脚に目が行ってしまう。
(そんな話より……早く……俺の名前を呼んでほしい…………リノアに、触れたい)

彼女と肌を重ねるようになってからそんなに日は経っていない。
一度抱いてしまったら、自分が欲望の渦に巻き込まれてしまいそうで、初めて二人で夜を越えるまでは長い時間を要したように感じる。そこまでは我慢強かった、とスコールは自分でも思う。リノアがとても大切で、汚したくない、でも自分のものにしたいという相反する気持ちに揺れ動いていた時期が長いことあった。
しかし、一度受け入れてもらうと、彼女の肌を知ってしまうと、もっと欲しくなってしまった。自分がこんなに辛抱できない人間だとは思わなかった。

気づいたときにはリノアの白い手を掴んでいて、腰に手を回して抱き寄せていた。

「あとね・・・・・来月、テストがあるんらしんだけど・・・・・・・んっ」

スコールからのいきなりの口付けにリノアは驚いて黒曜石の目を見開く。

スコールは口付けで性急に彼女を求めた。任務でここを空けていた分、彼女に触れたかった。

明日からまた離れ離れになる。その分、彼女の唇を、肌を、その体温を確かめなければ。
身体を重ね、ここを発つ前に自分の痕跡を彼女に残して……
そうしないと、自分の身にのしかかる重責や彼女と過ごせないことへの不安で押し潰されてしまいそうだった。

リノアの唇の上下はスコールによって喰むように口付けられ、彼の舌でゆっくりなぞられた。そうされると彼女は反射的に少しだけ口を開けてしまう。油断した歯の隙間から、スコールの舌が容赦なく入り込んできた。
「・・・・・・・んんっ」
突然の激しいキスにリノアはスコールの袖をぎゅっと握った。
逃げ惑うリノアの小さな舌は、彼のものに絡め取られ吸い尽くされた。いつの間にかスコールはリノアの後頭部に手を添えられており、彼らの口付けは角度を変え交差する舌は次第に深くなっていく。ベッドに置いていたリノアの教科書やノートがバサっと落ちる。それでも、彼の口付けはそれを拾う猶予を与えてくれなかった。互いの舌が絡み合う音が聞こえる。つい先ほどまで、教室で授業を受けていたのに……彼女の中に罪悪感と羞恥心が灯る。
「・・・・・・・はあっ・・・・・・・んっ・・・・・・・」
少し唇が離れたのでリノアは息を大きく吸った。しかし彼の唇にすぐ飲み込まれてしまう。リノアは身体の力が入らなくなってしまって、スコールの袖を握っていた手をゆっくりと離した。それを見計らうかのように、スコールは彼女の胸元のリボンを解いた。
スコールは唇を離し、今度はリノアの左の耳朶に口付けた。
「はっ・・・・・・・あ・・・・・・・」
スコールの熱い吐息がかかって、リノアは自然と声が漏れた。耳朶と外殻を舌でなぞられ、リノアは身体の力が抜けてしまった。スコールは彼女の肩を押してベッドに横たわらせる。スコールの上半身が覆い被さる。
「リノア・・・・・・・」
吐息混じりに名前を呼ばれ、彼を見上げる。熱帯びたスコールの視線は、もうリノアしか見ていなかった。
「・・・・・・・いいか?」
情熱的に燃えた蒼い瞳は決してリノアを逃さない。
(・・・・・・・ずるいよ)
もう断れない段階で、こうやって聞くんだから。
リノアは潤んだ瞳でスコールを睨む。

彼女が小さく頷くのと、彼の手がブラウスのボタンに掛かるのはほぼ同時だった。


《第三話》へ続く