目醒めの森 第7話



憎くないのか人間が―――

お前を裏切り、傷つける―――

お前を閉じ込め、どこにも行かせないーーー

造りモノの分際でーーー

(誰・・・の・・・声?)

(どっかに行って!・・・・・・・わたしの中から出ていって!)

目醒めの森 第7章



       *   *   *

「シュウ!たいへんだ!」
勢いよくニーダが飛び込んできた。

リノアとのやり取りで精神的に疲弊していたシュウは、テーブルに肘をついて小さな椅子に腰掛けているところだった。

「リノアが消えた!バルコニーから飛び降りて、いなくなってしまった!」
理屈の通らないニーダの説明にシュウは顔を顰めた。
「どういうこと?」
ニーダはかなり慌てた様子で捲し立てた。
「俺が彼女を追いかけたら、リノアはバルコニーの手すりの上に立っていたんだ」

(この建物は崖の上に立っている。地面は150メートル下だぞ?)
シュウの顔がどんどん怪訝な表情になる。

「それで、リノアの背中に羽が生えた」
(羽?)

「そのあと彼女は飛び降りたんだ。俺が慌てて駆け寄ったときには、誰もいなかった。もちろん地面にも誰もいない」

リノアの白い羽........
1度だけ見たことがある。エスタの要請で月の涙後のモンスター駆除に行ったときだ。
あのときの高揚感、夢を見たような光景、今でも覚えている。

「.......魔女の力を使ったんじゃないのか?」
シュウは鋭い眼光でニーダを見た。

「おそらく」
ニーダはシュウの視線を受け止め頷いた。

(緊急事態だ......)
シュウは奥歯を噛み締めた。保護するターゲットの行方がわからない。さらにそのターゲットは魔女で、魔女の力を使ったと思われる。リノアが魔女であることは、絶対に世間に知られてはならない事実だ。

「私はカーウェイ総帥に連絡する。その間、ニーダは周囲に異状がないか警戒してくれ」

「了解」
ニーダはそう言って、再びバルコニーに通じるドアを開けた。
そして、シュウは手際よく小型通信機のアンテナを立て、イヤホンを耳に当てダイヤルをいくつか回しボタンを押した。

  *   *   *


「............はい。........了解しました。......では後ほど。.......以上、通信終了」
ヘッドホンを外したシュウは、ため息をひとつついてニーダがいるバルコニーに向かった。

ニーダは双眼鏡でどこかを見ていた。

「総帥は向こうの都合がつき次第こちらに来るそうだ。ニーダ、何か異常は........」
シュウがそこまで言ったとき、ニーダがその言葉を遮った。
「シュウ、あれ.........」
そう言って、双眼鏡を外してニーダはある方角に向けて指差した。ここから言えば南の方だ。

「ん?」
シュウは目を凝らしてニーダが指差す方を見つめた。
そのダークブラウンの瞳に小さな光を捉えた。
星か?でも今はまだ朝だ。
シュウはニーダから双眼鏡を受け取る。

双眼鏡を覗いた先にあるのは、光の球体だった。
ティンバー市街地から北西に広がる広大な森のはるか上空に浮かび上がる光は、ゆっくりと下降しているように見える。

「森の中に着地しそうだな。車で入るのは無理だ。バイクで向かうぞ」

2人はティンバー最大の森、ロスフォールの森をめざした。

      *   *   *


一方スコール達はゾーンが運転するオフロード車に揺れていた。
ティンバー郊外を出発し、ドール方面に向かっているが、展開するガルバディア軍の警戒の目を縫うように進むため、思ったよりも進むことはできなかった。
全員は揺れる車の中で交代で休憩や警戒をしながら過ごし、出発から一夜明け朝になったときだった。
ドール方面に伸びる線路に沿うように車は進み、左手にオーベール湖、右に巨大な森、ロスフォールの森が見えている。ここは東西に広がるロスフォールの森の中間辺りだろう。

車内では夜通し警戒をしていたキスティスとセルフィは肩を寄せ合うようにシートに座り目を閉じている。
スコール、ゼル、アーヴァインは窓から周囲を警戒しながら座っていた。

「・・・・・ん?」
アーヴァインが眉をしかめ、細めた目で進行方向右手の森を見た。
太陽の方向ではないところにキラッと光る何かを見たのだ。

「どうした?」
その様子に気づいてスコールが訊ねる。

「・・・・・・ちょっとまって」
アーヴァインは狙撃銃のスコープを覗いた。
「・・・・・・なんだ?あれ」

「?」
スコールはアーヴァインの反応に眉間にしわを寄せる。敵なのかとも思ったが、アーヴァインの反応からするにそうでもないようだ。

アーヴァインはスコープから目を外して、黙ってスコールにそこを覗くように促した。
そして、彼はアーヴァインに支えられた狙撃銃のスコープを覗いた。

それは、レンズ越しでも眩しいと感じるくらい強い光だった。
巨大な森のはるか上空に浮かんでいた。そして、ゆっくりと下降しているように見えた。

「ゾーン、車を停めてくれ」
冷静な声でスコールはゾーンに声をかける。

「なに~?どうしたの~?」
セルフィが目をこすりながら尋ねる。
車が止まったことにすぐにセルフィとキスティスは気づいて身を起こす。

「あれを見ろ」
スコールは指で光の方向を示す。ゼル、セルフィ、キスティスは双眼鏡で順に光の正体を確認する。

「何かしら?」
キスティスが呟いた。

リノアを探す手がかりなんて、無いに等しいものだった。ラーナの証言から「ドール方面じゃないか」という可能性が提示されただけ。そこからは本当に手がかりがない。状況が変化する中で、不審なものに出会えば、関係の有無に関わらず行ってみるしかない。

「あそこに行くぞ」
スコールの言葉に全員が頷いた。

    *  *  *

「あー、こっから先は入れねえや」
ゾーンが悔しそうに呟いた。

スコール達を乗せた車両は、謎の光の落下地点とされる森に入る手前までやってきた。
昼間なのに夜を思わせる黒い森は、木々が生い茂り、ゾーンの運転する車の侵入を阻んだ。

スコールは少し考えてシートから立ち上がった。
「ゼル、セルフィと俺の3人で森に入る。2人とも装備とジャンクションの準備を怠るな」
ゼルとセルフィは「了解」と声を合わせら頷いた。

「アーヴァインとキスティスはここに残ってくれ。後ろからシルベウスの指揮するガ軍が追ってくるかもしれない。もしガ軍を見つけても交戦するな。身を隠せ。もしこちらの存在が知られた場合は、有無を言わず退避しろ。俺たち3人のことは置いていけ」

アーヴァインとキスティスは敬礼をした。
「了解」

それを見てスコールは黙って頷く。
「こちらの指揮はキスティスに任せる。頼むぞ」
それだけ言ってスコールら車から飛び降りた。

キスティスは了解と言って、アーヴァインと二人で暗い森の中に消えて行く3人の背中を見届けた。

  *   *   *


その頃、バラムガーデンではーーーー

シドは学園長室のデスクに向かって革張りの椅子に腰を下ろし、思索に耽っていた。

(スコール.......リノアを守れていますか?)
(リノアをティンバーに行かせておそらく正解だった)
(まだリノアはバラムには戻らない方がいいでしょう)

そのときだった。エレベーターが3階に到着するベルの音が聞こえ、女性SeeDが学園長室に入ってきたのは。

「シド学園長!......バラム政府の方がお見えになっています」

  *  *  *

ガーデン1階ロビーは物々しい雰囲気に包まれていた。スーツを着たバラム政府高官と同じくスーツを着た彼の部下が並んでいた。

一般の生徒たちは遠巻きに突然の来客を見ていた。
ただSeeD達は緊張した様子で彼らの言動を注視していた。

シド学園長を呼びに行った女性は昨年SeeD試験に合格した。キスティスやシュウとは同い年だ。晴れてSeeDになれたものの、自分の力不足を実感する毎日だ。それに先の対戦では年少クラスの生徒を守ることに徹したが、やはり実力不足は否めなかった。
(ああ、もう!スコール委員長もいないし、キスティスも.....シュウだっていない。トップクラスのSeeD達もみんな出払ってる!こんなときに......!)

シドは女性SeeDに付き添われ、1階まで降りてきた。
いつもは和やかなガーデンのロビーに重々しい空気が流れる。
シドは生徒やバラム政府の者達の視線を浴びながらエレベーター前の階段を降りていき、案内板の前に向かった。
シド学園長とバラム政府高官が向き合う形になった。

バラム政府高官はやや威圧的な物言いだった。
「バラムガーデンが魔女イデアの力を継承した次の魔女を匿っているとの情報がある。その真偽を確かめたい」
シドはしばし黙って応えた。
「魔女.......ですか。ここにはいませんけど?.......なんなら、ガーデン中探し回ってみては?」
物穏やかに言った。

「ああ、そうさせてもらう」
バラム高官は顎で合図を出し、スーツを着た部下達を動かした。部下達は一斉にバラムガーデン内のそれぞれの施設に向かって行く。

「学園長.....」
シドの隣で女性SeeDは不安そうに言った。

「いいでしょう。好きにさせておきましょう」

(こちらは大丈夫........そちらはスコール......頼みますよ)

     *   *   *

一方、キスティスとアーヴェインはゾーン、ワッツと共に車両に残っていた。ガルバディア兵に見つからないようにするため、4人で枝や草木を集めて車両を覆い、カモフラージュしたところだ。
しばらくしたところで、アーヴァインが異変に気づいた。
「ね、キスティス。あれって・・・・・・」
アーヴァイン達がいる位置よりも東の方角、ティンバー市街地側に車両が数台やってきたのだ。
「ガルバディア軍だわ」
キスティスはその車両に記されたマークを見逃さなかった。
「げ・・・・・・なんかモンスターみたいなのを森に放った」
ガルバディア兵達は合図を送って、スコール達が入って行った森に付けた車両のバックドアを開けた。
その途端、獰猛なモンスターが森に放たれた。同じように後に続く車両でも兵士の合図と共にドアが開きモンスターが茂みの中に駆けて行った。

「スコール達・・・大丈夫かしら」

「うーん.......モンスター放つのと変なロボット出すのはガルバディア軍のお家芸だからなあ.......」
アーヴァインは人差し指で顔を掻きながら言った。

2人はスコール達が入って行った黒い森の奥を見つめた。

      *    *   *


スコール、ゼル、セルフィの3人はロスフォールの森の中を駆け巡っていた。目標は白い光が降りてくるところだ。森の奥に入れば入るほど、背の高い木々が視界を遮る。
苔の付いた岩を飛び乗るように進み、巨大な木の根を越えていく。
岩や木の根の間から、白い大きな花が蕾をつけて佇むように生えていたが、そんなものに注意を向ける余裕はなかった。森の奥に進むにつれて、その白い蕾は増えていった。

スコールは胸元からコンパスを取り出し、光の落ちるとされる方角を確認する。幸いなことにその光は左右に動くことなく、垂直に降下するだけだった。

3人はときおり蛇のように身体に巻きつこうとするヘッジヴァイパーを薙ぎ払いながら前に進んだ。

「はんちょ!光がだんだん弱くなってる!」
その言葉にスコールは立ち止まる。
小型の双眼鏡で重なるように被さる木の枝の間から光の正体を捉えた。

(......白い翼だ!)
依然光を放ってはいるものの、その輪郭が見えるほどに強さは弱まっていた。大きな翼は動くことなく広げられ、ゆっくりと下降している。さらにその翼につつまれるように人間が横たわっているように見えた。

その光の正体に対し、スコールは確信めいたものを感じた。

そのとき、西の方からバイクの荒々しいエンジン音が聞こえた。距離はまだ近くはなさそうだが。
「おい、なんか近づいてきてるぜ」
音からして、だんだんとこっちに向かっているようだ。
スコールはその異変に顔を顰める。

「先に行くぞ!」
スコールは走りやすいようにガンブレードを構え直し、ゼルとセルフィにそれだけ言うとスピードを上げ走った。

  *    *    *

ゼルとセルフィはスコールの後を追いかけた。
無難にヘッジヴァイパーの攻撃をかわしてながら進んできた2人だが、あるモンスターが行く手を阻んだ。
ゼルは顔を顰めた。
「トライフェイス?!なぜこんなところに?ティンバーの森にはいないはずだぜ?」
トライフェイスは魔女大戦時にガルバディアガーデンに潜入したときによくエンカウントしたモンスターだ。噂ではガルバディア軍はある種のモンスターを捕獲、飼育して手懐けていると聞く。

「わっかんないよ〜!とりあえず倒さないと前に進めなさそ〜!」
暢気な声だが、セルフィはしっかりとヌンチャクを構えていた。
その様子を見て、ゼルはぐっと拳を握った。
「よっしゃ!行くぜ!」

        *   *   *

スコールはひたすら走り続けた。凄まじい速さで襲いかかるモンスターを切り倒し、光の落ちる方向に進んだ。もうその光は木々の茂みに遮られ、肉眼で確認することは出来なかった。それくらい高度が落ちているのだろう。しかし、方向はそれで合っている。ときどきスコールは走りながらコンパスを確認した。

走りながらスコールは、ふとその森の異変に気づく。
(なんだ.....?この感じは.......?)
心が落ち着かない。
スコールは走りながら木の根や岩の間から顔を覗かせる白い花のつぼみがゆっくりと開いていくのを見た。
(花が一斉に開き出した.......)

そして、白い花は不思議な光を放ち、黒い森を幻想的に照らした。そして、鼻をかすめる甘い匂い。だが、本能が警鐘を鳴らす。
(なんだ、この匂いは?!)
スコールは咄嗟に鼻と口を覆う。
しばらく周囲を警戒しながら走ると、彼は足を止めざるを得なくなる。その目の前に繰り広げられる光景を目の当たりにして。


一体のヘッジヴァイパーが目の前に立ちはだかる。
その蛇のような図体は奇妙な動きを繰り返し、身体のあちこちが盛り上がり、うねり続けた。
ヘッジヴァイパーの身体は蒸気のようなものを放つとともに、ひと回り、いや二回りほど巨大化したのだ。

(何だこれは?!)

スコールは、その巨大化したヘッジヴァイパーの頭が自分に覆い被さるのを避ける。避けたところで、大きな尾が薙ぎ払うように襲ってきた。
飛び上がってその攻撃を避け、地面に着地する。そのときには先程感じた不思議な匂いもなくなっていた。

(こいつ、こんな俊敏な動きをするのか?!)

目の前のモンスターは巨大化しただけでなく、明らかに強化されていた。
「........っ!」
スコールは戦うことを決め、ガンブレードの柄を強く握りしめた。

    *    *    *

「おい、なんだよこりゃあ.......」
ゼルは呟いた。

黒い森のあちこちにぼんやりとした小さな光が浮かび始めた。よく見ると、この森の至るところに咲いていた白い花のつぼみが一斉に開花したのだ。

「う〜、なんかヘンなにおい〜!」
セルフィが顔を顰め鼻を摘んだ。
ゼルも同じく鼻を手で覆った。

今まで相手にしていたトライフェイスは急に動きを止めた。
「?」
そして、3つの頭を不気味な動きで振り始めた。
2人は警戒しながらその様子を伺う。
トライフェイスはがくがくと震え出し、鋭い爪を隠した腕や背中、尾が盛り上がった。
「?!」
あっというまに、もとの大きさよりふた回りほど巨大化したのだ。

巨大化したトライフェイスはその3つの頭を振りながらゼルに向かって飛びついた。
(こいつ、こんなにジャンプできるのか?!)
咄嗟にゼルは避けた。
トライフェイスは勢いで飛びついた先の木の幹に齧り付いた。そして、そのままそれを食い破った。
「!」
すごい威力だ。体だけでなく、強さも増しているのか。
セルフィも同じように強化されたトライフェイスを相手にしていた。
見渡すと凶悪なモンスターは2人の元に集まってきている。2頭、3頭、4頭と.....これじゃキリが無い。

セルフィが噛みついてきたトライフェイスの頭のひとつに遠心力を得た重いヌンチャクを一発食らわせ、尾を振り回した攻撃をひょいとかわして言った。
「もう相手にしてるヒマはないって〜!」

ゼルはその言葉に頷き、最後に一発、トライフェイスの顎にアッパーをくらわせた。
「だな。スコールを追いかけるぞ!」

    *    *    *

スコールは巨大化したヘッジヴァイパーを薙ぎ払いながら進んだ。
(止まっているヒマはない!早くリノアのところへ!)
同時に森に響くバイクの音がかなり近くにいることを知らせていた。

突然、スコールの視界が開けた。
見上げると枝葉に覆われた黒ではなく、青い空が広がっていた。森の中に木が生えていない空間が現れた。
そこだけ、地面は花々が咲き蝶が舞っている。
聖地とか聖域とか、そういった言葉がふさわしく森の中心を丸く抉るように現れた空間の真ん中には大きな岩があり、その上には青い服の人物が横たわっていた。
(リノア!)
駆け出そうとした瞬間、鳴り止まなかったバイクのエンジン音が消え、スコールと同じように草花の上に降り立つ人物がいた。
(ニーダ......)

もう一台バイクがこちらへ向かう音がする。
スコールは全て悟った。
倉庫を襲った襲撃者が誰であったのかを。
スコールはニーダを睨んだ。

「俺たちはリノアを助けに来た」

「おれたちだってリノアを助けに来た」

スコールとニーダは対峙した。緊張で張り裂けんばかりの空気が流れた。じりじりと2人は近づいていた。

しかし、次の瞬間、スコールはガンブレードを容赦なく横に振り払った。

ギンッ......!
鈍い金属音が響いた。
「......ぐっ!」
咄嗟の反応でスコールの一撃をニーダは剣で受け止め薙ぎ払って流した。ガンブレードの斬撃は非常に重く、右手が痺れた。

(......っ!何の迷いもないってワケか......)

ニーダは剣を持ち替えて構え直した。しかし、その間にスコールはすでにリノアの元へ駆け寄っており、彼女を左肩で抱えた。そして、右手にはガンブレードの刃先をニーダに向けている。
ニーダを鋭く睨む蒼い瞳は海の底のように冷たく、それでいて燃え盛る炎を宿していた。

(魔女の騎士、か.......)
ニーダも同じくスコールを睨んだ。容赦なく剣先を向ける相手を前にして、ここで命を落とすことすら覚悟した。

「ニーダ!」
後に続いて彼を追っていたシュウの声が聞こえる。

「今は戦闘している場合ではない。リノアの安全が第一優先だ。退避するぞ!」
シュウはそう言ってあたりを見回すと、ここまで振り払ってきたヘッジヴァイパーの群が彼らの居る場所を囲うように迫ってきていた。

「・・・・っ!スコール!安全な場所に我々が誘導する。ついてこい!」

しかしスコールは動かなかった。彼は険しい表情をしてシュウを見ていた。その鋭い眼光にシュウは鳥肌が立った。16歳でSeeDになった彼女は、ガーデンの中でもSeeDの経験は長い方であるが、こんなこと久しぶりだ。

「信じてくれ、スコール。リノアを連れて行くとなると、最低3人いないとこの場を切り抜けられない。君だって、この状況を1人でなんとかするのは無理だとわかっているだろう?」

シュウの言うことはもっともだった。
リノアを抱えた状態ではまともに戦えない。
何より「足」がない。バイクなり車なりないとモンスターの群れに追いつかれてしまう。

そのとき、ヘッジヴァイパーの鋭い牙をそろえた頭ががふりかかってきた。
リノアを抱えたまま寸前のところでスコールはそれを避けた。この一頭だけでなく、彼らを中心にモンスターの群はどんどん寄ってくる。
考える猶予はもはや無いようだった。

「このバイクに乗れ!」
シュウはそう言うと、乗っていたバイクから降りてニーダのバイクの後部席に飛び乗り跨った。

スコールはリノアを肩で担ぐように抱えてたままシュウの乗っていたバイクに近づいた。

そのとき、後ろをついてきていたゼルとセルフィが辿り着いた。

「うわっ!なんだよコレ!」
ゼルが襲いかかるモンスターの攻撃を避けつつ、その顔面にパンチをくらわせる。

「あ〜、はんちょ!」
スコールの存在に気づいたセルフィが指をさした。

「ゼル、セルフィ!ゾーンの車まで退避して、安全な場所に移動しろ!」
スコールはリノアを担ぎながらシュウが乗っていたバイクに跨った。

「おい、スコール........」
ゼルが彼の方に手を差し出しながら呟く。

「死ぬなよ......」
そう言ってスコールはリノアを抱えアクセルを回した。
彼らの乗ったバイクはモンスターの群れの中を縫うように走り消えて行った。

*   *   *

シュウが言っていたことは全くその通りで、3人のSeeDでやっと切り抜けられる状況だった。
スコールはリノアを担ぎながらバイクを走らせる。木々の合間を縫うように進み、迫り来るモンスターの群れから逃げるのが精一杯だった。ティンバーの森に住むヘッジヴァイパーはバイクに追いつくほどの速さはなかったが、ゼルとセルフィについてきたトライフェイスは思いの外速かった。
ニーダの後ろに乗ったシュウは、スコール達を気にしながらハンドガンを握り、自分達やスコール達にモンスターの攻撃が加わりそうになると、その牙やするどい爪を容赦なく撃ち抜いた。彼女の武器は銃ではないが、さすがはSeeDだ。狙撃の腕も抜群であった。

もうすぐ、もうすぐ森を抜けられる。平原に出れば速度も上げられるし、追いかけてくるモンスター達を撒くこともできるだろう。

(それに、シュウとニーダをどうにかすれば逃げ切れる!)
スコールは平原に出たら彼らを出し抜くことを考えていた。自分からリノアを奪おうとする者は何人たりとも許さない。そういう覚悟があった。

視界の先が明るくなる。
2台のバイクは一気に駆け上がった。

パッと視野が明るくなった。目の前には平原が広がる。バイクは一層速度を上げた。スコールは、シュウとニーダの位置を伺う。

しかし、そのとき、彼らに黒く大きな影が覆った。

「飛行型のモンスター!」
シュウは声を張り上げる。

スコールは後ろを振り返るように空を見上げた。

(エルヴィオレ!)
それは巨大な爪を備え、禍々しい翼を羽ばたかせ彼らを執拗に追ってきた。
スコールはそのモンスターと一度戦ったことがある。ドールの電波塔に棲みついたエルヴィオレをSeeD実地試験でゼル、セルフィと共に倒したのであった。
ドール公国を囲むヤルニ渓谷が生息地であると思われるが、ロスフォールの森にも降り立っていたのかも知れない。

エルヴィオレは容赦なく異様に長い腕を伸ばしてスコールとリノアが乗るバイクを掴もうとする。
そこで、すかさずシュウの援護が入る。

(クソッ!)
スコールは心の中で舌打ちする。これほどの強敵が現れると、シュウとニーダを出し抜いてリノアを連れて逃げることはあきらめざるを得なかった。

「まともに戦っている場合ではない!そのまま逃げるぞ!」
シュウはそう言ってハンドガンを装填した。

  *  *  *

オーベール湖から海へ流れる川を渡り、平原をひたすら走り続け、スコール達の視界の前方にはヤルニ渓谷の巨大な岸壁が立ちはだかった。追いかけてくるエルヴィオレは少し後ろにいた。
とうとう崖の前まで来ると、ニーダはバイクを停めて、彼らはバイクを飛び降りた。

「こっちだ!バイクを降りてついてこい!」
シュウはスコールにそれだけ言うと、岸壁沿いを走り出した。
ここで彼らから逃げることもスコールは考えたが、後ろにはエルヴィオレが迫っていた。
(まずは安全な場所に避難するしかないか・・・・・・)
黙って彼らの後をついていくことにした。

シュウとニーダは岩肌の間に取り付けられた小さなドアを開けてその中に入っていった。
エルヴィオレが地面に降り立ち、スコールとリノアに標準を定めていた。
そして、翼を広げ突進してきた。
「スコール!急げ!」
ニーダが叫ぶ声が聞こえる。
スコールはリノアを抱えたまま、ドアの中に飛び込んだ。

リノアを守るようにスコールは背中から地面に落ち、受け身の姿勢をとった。
スコールとリノアが倒れた途端に、木製の小さなドアは巨大な爪で蹴破られ、エルヴィオレの腕が洞窟内に伸びてきた。
しかし、それ以上エルヴィオレが迫ってくることはない。巨大な体は分厚い岩壁により侵入を阻まれた。

「ふー、危ないところだったな」
ニーダが伝う汗を袖で拭った。

「リノアの容態が心配だ。上に休めるところがある」
シュウはそう言って、携帯ライトをつけた。

  * * *

旧炭鉱のらせん階段を上り、スコール達はその上に建てられた建物に入った。
リノアを簡易ベッドの上に寝かせた。

窓の外には先ほどのエルヴィオレが空で円を描いて飛び回っていた。まるで見失った獲物を探してさまようかのようであった。
(しばらくはここから脱出するのも難しいな)
スコールは窓から視線を戻し、横たわるリノアの白い顔を見つめた。同じ部屋にはシュウとニーダもおり、重い沈黙が流れた。

(これからどうしようか・・・・・・・)
おそらくニーダとシュウも、同じように考えているだろう。

スコールはロスフォールの森に置いてきてしまったゼルとセルフィのことを思った。
彼らのことだ。きっとあの場をうまく抜け出して、ゾーンやキスティス達が待つ車に戻ることができただろう。
(こいつら、誰に雇われているんだ・・・・・・?まあ、なんとなく想像はつくが・・・・・・)
いつかは訪れるだろう対峙のとき―――リノアを巡って本当に覚悟を決めて戦うときのことを考えた。
しかし思索ははかどらず、出てくるのはため息だけだった。

そのとき、リノアの瞼が少し動いた。
スコール、シュウ、ニーダの視線は一斉にリノアに集まる。
リノアは眩しさからか顔を少し顰め、ゆっくりと目を開けた。

そして、彼女は肘をついてベッドの上で身を起こした。
「スコール・・・・・・」
その名前の主を見て、ぼんやりとした意識の中彼女は呟いた。
ずっと聞きたかったリノアの声。スコールは、気づいたときには、リノアの元に駆け寄っていた。
「スコール!」
意識がはっきりしたのか、リノアが彼の名前を叫んだ。
次の瞬間、リノアはスコールの腕に抱かれ、彼の胸に頬をすり寄せた。
「リノア.......」
スコールは小さく呟いた。
―――やっぱり、リノアはここにいないとダメなんだ。
スコールはいっそう強くリノアを抱きしめる。
たとえ、誰かが二人を引き裂こうとも、絶対にあらがってみせる。

ニーダとシュウは複雑な表情で彼らを見ていた。

少し落ち着いて、スコールはリノアの身体を離した。
リノアは部屋の隅にいるシュウとニーダに視線を向けた。
そして、ベッドを下りて、しっかりとした足取りで彼らの前まで歩いた。
リノアは胸に手を当て、シュウとニーダに身体を向けた。そして、真剣な表情で黒曜石のような瞳で2人を見つめる。
「シュウ、ニーダ。ごめん......約束してたのに、わたし魔女の力を使っちゃった.........」

リノアの突然の謝罪に、シュウとニーダは内心驚いた。
もはやここは戦場と変わらない。状況は刻一刻と変わる。交わした口約束など気にしてられないのだ。しかし、リノアは健気にあの約束を守ろうとしていた。
シュウはフッと表情を和らげ、肩をすくめて言った。
「こちらこそ悪かった。キミを助けるなんて言って、行き先も告げずにここまで連れてきてしまった」
ニーダも後に続いた。
「ごめんな、リノア」

リノアは首を横に振った。 
そして、3人は互いの顔を見合って表情を和らげた。

彼らの様子をスコールは釈然としないまま見ていた。
リノア、なんでそんなに簡単に許せるんだ?
シュウ、ニーダ、SeeDらしくない行動だぞ?

シュウ、ニーダ、リノア、この3人の間には敵意なんていつの間にかなくなっていた。
そして、3人は揃ったようにスコールに視線を向ける。依然シュウとニーダに対しては警戒をしていたスコールだが、彼らに露骨な視線を向けられて居心地の悪さを感じた。

(な、なんだよ.........)

私たちは互いに敵意はないけれど「スコールはどうするの?」と言わんばかりの視線だった。

「...................」
スコールは腕を組んで目を伏せた。
これは彼が何か考える時の仕草だ。

リノアを前にしては、これまで学んできた戦いのセオリーなんて崩れてしまう。これまで何度もそうだった。

スコールは最後にひとつ息をついて顔を上げた。

「...........ニーダ。手、大丈夫か......?その........さっきは悪かった」

「ああ、もう大丈夫だ」
ニーダは肩をすくめ、今は何ともない右手を振って見せた。口元は笑っていた。

彼が許してくれたということはスコールにもわかった。でも、ここからどうしていいかわからない。誰かと分かり合うという経験が極端に少なかったからだ。
困った彼は、一度だけ黙って頷き、すぐに床に目を伏せてしまった。

そのスコールの様子に、シュウとリノアは彼に気づかれないようにクスリと笑った。

「ガンブレード。初めてくらったんだけど、まともに受けるとけっこう痛いんだなあ」
ニーダがソードを握っていた右手をぶらぶら揺らしながらおどけた調子で言った。



目醒めの森 第8話》に続く