目醒めの森 第3話

この日もデリングシティは、どんより曇っていて、今にも雨が降りそうだった。厚い雲を、街の明かりが照らし、その輪郭を際立たせた。
ガルバディアの高級住宅街の一画に、一際豪奢な作りの建物がある。門には警備兵が常駐し、その敷地への軽率な侵入を阻む。
ここに、先程バラム・ガーデンから派遣された2人のSeeDがいた。

「出席番号 47」

「当たり!どうぞお入りください」

依頼主はこの家の主人らしいが、相当偏屈なのか、それとも用心深いのか、この若者2人の実力を見るとして、課題を課してきたのだ。

2人はたった今、デリングシティ北東にある「王家の墓」から戻ってきたところだ。

この屋敷の敷地に入るや否や、彼はため息を吐いた。

(なーんで、こんなことやらなくちゃいけないんだよ。SeeDもなめられたもんだな)

「ニーダ、顔に出てるぞ。先方の手前、失礼のないようにしないとな」

「わかったよ、シュウ。なんて言ったって、今回のクライアントは、ガルバディア軍のNo.1だもんな。通りでこんな豪華な家に住んでるわけだ」
ニーダは皮肉っぽく笑って、目の前に立ち上がる白い重厚な建物を見上げた。ガルバディア国旗が風になびいていた。

(SeeDたった2人って、一体なんの任務なんだ?)

湧き上がるを抑えつつ、ニーダは扉を開けた。


    *    *    *


その家の使用人に案内され、ニーダとシュウはその家の主人の書斎と思われる部屋で待っていた。

今回のクライアントは、ガルバディア軍のフューリー・カーウェイ総帥。ガルバディアでも名家の生まれである彼は、その才能もさることながら入隊から指折りのエリート。先の大戦では、魔女イデア暗殺計画を企てたものの失敗。魔女がこの国を支配している間は閑職につかされていたが、魔女の支配の崩壊とエスタのルナティックパンドラの騒動以降、混乱の最中であったガルバディア軍をまとめあげ、現在の座につく。

ニーダは依頼人の情報を頭で整理した。

(かなりの切れ者らしいが、性格は.........アレだな)
ただでは会ってくれないという一連の歓迎を思い出し「一筋縄ではいかなそうだな」と内心呟いた。

そのとき、ドアが開いた。

そこから出てきたのは勲章の付いた軍服に身を纏った壮年の男であった。鋭い眼光で2人を一瞥する。

ニーダとシュウは、すぐに敬礼した。

「楽にしたまえ」

「今回、君たちに依頼した任務は、ガルバディア軍とは何ら関係ない、私の個人的なものだ」

カーウェイからの意外な出だしに、2人は内心疑問が湧く。しかし「SeeDはなぜと問うなかれ」の言葉の通り、表情は変わらなかった。

「娘を安全に保護してほしいのだ。1年半ほど前、家を出たきり帰ってこない」

(へ?家出娘の捜索にSeeDを使うのかよ..........)

きっとシュウも同じことを思ってるだろうとニーダは考えた。しかし、変わらず2人はカーウェイの話に耳を傾ける。

そして、カーウェイは一枚の写真をテーブルの上に置いた。

「リノア・カーウェイ........私の一人娘だ」

(えっ.........?)

その場にいた2人は、表情にこそ出さなかったが、内心凍りついていた。

「先日、ティンバーにいることが確認された」

ニーダはカーウェイにばれないようにしていたが、自分が汗をかいているのを感じた。
ずっと黙っているのも、不審に思われる。
何か言わないとーーーーでも言葉が出ない!

そんな中、救いの手を差し伸べたのはシュウだった。

「ティンバーは、今、レジスタンス達と交戦状態です。その中に我々2人だけで突入して、お嬢さんを保護するというのは、いささか危険かと」

「ああ、そのとおりだ。もちろん、手は打つ。私に考えがある。しかし、娘のまわりには、厄介なものもついている。そちらの対処を任せたい」

厄介なもの........スコール達のことだ。
ニーダは何も言えず、ことの成り行きをただ見守る。

「......了解致しました」
少し間があって、シュウは返事をした。そのとき、彼女の瞼が少し動いた。ニーダはそれを見逃さなかった。
彼女もニーダと同じことを考えているはずだ。

(カーウェイ総帥も、リノアの周りにはSeeDがついているということを知っているのだろうか?)
疑問が湧いたが、ニーダには質問などする余地は与えられなかった。

「娘のまわりについているのは、正面切って立ち会いたくない相手だ。.............それにティンバーでの目立った行動は控えたい。だから人数は最低限にさせてもらった。万が一のときには、私の直轄する特殊部隊が支援する。これは私個人のことであるから、極力避けたいが。........何か質問はあるかね?」

「いえ.......」
シュウが答えた。

「よろしい。明日、列車に乗ってティンバーに向かう。作戦の詳細はそこで伝える。今日はこれで解散だ」

「「了解」」
2人はSeeDの敬礼でカーウェイに応えた。
カーウェイはそれを見て頷くと早々に部屋から出て行ってしまった。

シュウとニーダだけが残された。

「おい、シュウ.........」
話しかけたニーダをシュウは手で制止した。

「SeeDはなぜと問うなかれ、だ」

それは、候補生のときから繰り返し言い聞かされてきた言葉だった。

「ニーダ。事情がどうであれ、クライアントの命令は絶対だ」

そう言ったきり、彼女はニーダの言葉を聞かなかった。



ーーーーそうでもしないと、挫けてしまいそうだった。

シュウの脳裏には、仲間たちの姿が浮かび上がる。
かつては、一緒に戦った仲間であり、ガーデンを守るために一緒に奔走した仲間だ。
彼らと一戦交えることになるかもしれない。
リノアを連れ出すのが成功したとして、彼らは自分たちのことをどう思うのだろうか。

例え、連れ出したとしてもーーーーー

シュウは目を閉じた。
閉じた目の奥に浮かぶのは、ガンブレードを携えた男の姿。
こちらがリノアを連れ出したとしても、絶対に取り返しにくる。
冷徹ともとれる、強い意志を秘めた蒼い瞳。
リノアと彼を引き離す者がいれば、誰が相手だろうと容赦しないだろう。

これ以上考えると「無理だ」と思ってしまう。

シュウは目を開けて言った。
その声は、ガーデンにいるときの陽気な彼女に戻っていた。
「移動やらなんやらで疲れただろうし、今日はもう休もう」

ニーダは、シュウの長い沈黙に何かを感じとり、黙って頷くしかなかった。


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翌日、森のフクロウのメンバーは、いよいよ作戦決行の日を迎えた。
ロラパルーザ渓谷鉄橋爆破および常駐軍幕営地襲撃作戦開始の日だ。

「気をつけてね。絶対、無事で帰ってきてね」
森のフクロウのアジト内で、リノアはスコールの首に腕を回し、その胸に飛び込んだ。

「ああ。リノアも......用心しろ」
スコールは、一度彼女を抱きしめ、リノアの背中を撫でた。

そこへ、背中を小さくしたゾーンが、気まずそうな表情を浮かべ現れた。
「.......あのー、お二人さん、取り込み中のところ申し訳ないんだけど、準備は万端だ。いつでも出発できるぜ」

「わかった。リノア、行ってくる」
「行ってらっしゃい」

そんな2人のやりとりを、森のフクロウの他メンバーは複雑な心境で眺めていた。

「リノア.......そんな..........」
「姫さま、あっさりとられちゃったわけだ」
「スコールに敵うわけないだろ?........あーあ」


      *     *     *


SeeD達がアジトを発って、十数時間が経過した頃だった。
アーヴァインは、キスティスト一緒にティンバー市街地西にある森の中にいた。
森の茂みに隠れながら、市街地から少し離れたところに展開しているガルアディア軍の幕営地を偵察するためだ。

「アーヴァイン、状況はどう?」
隣にいたキスティスは彼に尋ねた。

「うん、異状なし。あくびしているガルバディア兵もばっちり見えるよ」
アーヴァインは双眼鏡を外していつもの調子で言った。
キスティスはくすりと笑った。

「それにしてもさ、スコールも真面目だよね~。僕はSeeD実地試験の最中だから、指導教官のキスティスとはなるべく離れない方がいいってことで、こうなってるんだもん。教官と2人きりだなんて、緊張しちゃうなあ」

「うそはやめなさい」
キスティスは笑いながら諫めた。

ここにはいないスコール、ゼル、セルフィは、ロラパルーザ渓谷鉄橋に爆弾を仕掛けているはずである。
爆破後、ティンバー方面に戻り、アーヴァイン、キスティスと合流する予定だ。
そこへ、ゾーンとワッツも合流する。彼らは今回の作戦の肝だ。

「そう言えば、スコールとゼルのSeeD実地試験の指導教官もキスティスだったんだよね?」

「ええ、そうよ」
キスティスは若干眉をしかめた。教官としてまだ未熟だったあの頃。

持ち場を勝手に離れる学園一の問題児。
撤退時間が迫っているというのに、いつまで経っても戻ってこない候補生3人。
しかも、彼らはガルバディア軍のメカに追いかけられている始末............

結果的に高速艇に装備されたガトリング砲でメカを破壊し、全員無事にガーデンに帰ることができたが.......
今思い出しても、頭が痛くなる。

キスティスは目をつむり、額に手を当て言った。
「アーヴァイン.........あなた十分優秀よ」

「?」

アーヴァインは疑問に思ったが、それを口に出すよりも早く、背後の気配に気づいた。

「あ、来たみたいだよ」

アーヴァインは振り返った。

暗い森の視界の先には、ガルバディアとティンバーをつなぐ鉄橋爆破から戻ってきたスコール、ゼル、セルフィの3人がいた。

「今のところ予定通りだ」
キスティスとアーヴァインに合流し、スコールは言った。

「こっちも問題ないよ。巡回のガルバディア軍がときどき行ったり来たりしてるだけ」
「ゾーンとワッツは今、待機ポイントにいるわ」

スコールは頷き、そこにいたゼル、セルフィ、アーヴァイン、キスティスの顔を見て言った。

「作戦開始だ」
そう言ってガンブレードの柄を握った。



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そのとき、ゾーンとワッツは、スコール達のいるポイントと少し離れた場所で待機していた。
牽引車両の運転席と助手席にそれぞれ2人は座り、双眼鏡でガルバディア常駐軍の幕営地を見ていた。

「あっ!トレーラーハウスに人が入って行ったっス!」

彼らは、何をしようとしているかと言うと、SeeD達から合図が送られ次第、将校が休息のために使うトレーラーハウスを牽引して強奪するのだ。「シルベウス将軍を生け捕りにする」という目標を達成するために、トレーラーハウスの中にシルベウス将軍が入ったことを確認し、それごと彼を誘拐するのだ。SeeD達はワッツとゾーンの退路を確保しつつ、指揮者を失って混乱したガルバディア軍を襲撃する。そのときに、人質となるシルベウスが死んでしまっては元も子もない。それなら彼が入っているトレーラーハウスごと奪ってしまえばいいという、運転の得意なゾーンのアイデアだ。

「う~ん、暗くて顔までは見えないッス。でも、将校クラスの軍服を着ていたッス。勲章がたくさん見えたッスよ」

「よし。じゃあ、スコール達に合図を送ろう」
そう言って、ゾーンは小さなライトをチカッと照らしてすぐに消した。
暗闇の森の中からすぐに返事が返ってきた。

「向こうも準備OKみたいだぜ。じゃあ、行こうか!」
ゾーンはハンドルを握りしめ、アクセルを踏んだ。

夜間の奇襲攻撃ということもあって、ガルバディアの幕営地は、水をまかれた蟻の巣みたいになった。
至る所から銃声音と兵士達の怒号が飛び交う。
そんな中でもSeeDたちはゾーンとワッツが乗る車両を誘導し、ガルバディア兵の攻撃から守っていた。

目当ての将校専用のトレーラーハウスはすでにSeeD達の手によって細工され、内側から開けられないようになっているようだ。
セルフィが、運転席に2人にウインクして、トレーラーハウスを指さす。

ゾーンは華麗なハンドルさばきで、牽引車両をレーラーハウスにつける。
外でゼルが車両とトレーラーハウスを接続し、アーヴァインが車両の陰に隠れながら、射撃援護した。
再びセルフィの合図で、ゾーンはハンドルを回し、車両をトレーラーハウスごと回転させる。

(よし!このまま脱出だ!)

ゾーンはアクセルを思いっきり踏んだ。

「あいつら、トレーラーハウスを奪っていったぞ!」

何人かのガルバディア兵の叫ぶ声が聞こえたが、気にするものか。
後はSeeD達に任せておけばいい。
その車両はティンバーの街の明かりめがけて走って行った。


   * * *


攻撃してくるガルバディア兵をなぎ払いながら、スコールはある種の違和感を感じていた。
どのガルバディア兵も、強奪されたトレーラーハウスにさほど興味を示さなかった。
それに幕営地襲撃を開始して、しばらく経つが、相手が混乱したのは最初だけで、今は組織的に戦闘しているように見えた。《指揮者はいない》はずなのに。

この違和感は他のSeeD達も感じているようだ。
戦闘の合間に、互いにちらっと目を合わせる。

「えっ?あれって....」
スコールと背合わせになった状態で戦っていたアーヴェインが視線を促した。

「?」

スコールは目を細めて、アーヴァインが促した視線の先を見る。
両脇を兵士で固め、指示を出す将校の軍服を着た男の姿があった。

(シルベウス将軍?!なぜここにいる?!)
先ほど、ゾーンとワッツがトレーラーハウスごと拉致したはずだが...........。
しかし、彼は間違いなくここにいる。

通りで指揮系統に混乱がないわけだ。

「スコール、どうする?」
アーヴァインが迫る攻撃を蹴散らすように、引き金を引き一発撃ち放った。

スコールは、奥歯を噛みしめ、苛立った様子で言った。ゾーンとワッツが乗る車は行ってしまった。シルベウスを誘拐する手段がない。
「........作戦は失敗した。撤退するぞ」

アーヴァインは、少しずれたテンガロンハットを直した。表情はよく見えない。
「............了解」


東の地面に近い空が薄オレンジ色になってきた頃。明けの明星が見下ろすオーベール湖の平原には、しばらく銃器の音が鳴り響いていた。