目醒めの森 第1話




『次のニュースです。連日続く、ティンバー独立派レジスタンスとガルバディア軍の衝突は激しさを増しております。昨夜、ティンバー市街地で一部市民が暴徒化し、ティンバー駐在ガルバディア軍が鎮圧しました。ティンバー市民に複数の怪我人が出ており、ガルバディア政府は...........』

リノアは複雑な気持ちで、そのニュースを見ていた。

彼女はスコールと一緒に、バラム・ガーデンの食堂で朝食をとっているところだった。

ティンバーのニュースを目にすると、自然と手が止まってしまう。
ここ最近、ティンバーのレジスタンスが活発に活動し出しているようだ。魔女大戦後、ガルバディアが混乱期にある中、独立にごぎつけようとしているのだろう。それまで名ばかりのレジスタンスたちが一斉に立ち上がったのだ。

リノアは、心ここにあらず、というような状態でテレビ画面を見ていた。

スコールはその様子を黙って伺う。

やや間があって、スコールが問う。

「..........ティンバーに行きたいか?」

リノアは少し驚いた表情をして、少し考え遠慮がちに答えた。

「行きたいというか、みんなに会いたい。.........生きて、一緒にティンバーを独立させるって、約束したから..........」

「.........って、そんなの無理だよね。ごめん、今の話、忘れて」
リノアは首をすくめ、力なく笑った。
今の自分と、あのとき、仲間と共に拙いながらも、夢に向かって精一杯駆け回ったときの自分は違うのだ。
俯いて、再びナイフとフォークを動かす。

「無理じゃないさ」

その言葉に、リノアは顔を上げる。

「えっ......?」

驚いた表情で、彼の顔を伺う。

「森のフクロウとの契約は、まだ残ってるからな」

スコールは食べ終わった自分のプレートを持って、さっと立ち上がった。

これがティンバーを再び訪れるきっかけとなった。


  *    *    *


「森のフクロウとの契約、ですか」

シドは考える仕草を見せながら頭を掻いた。
その様子をリノアは緊張しながら見つめていた。

学園長室には、スコールとリノアとシドの3人がいる。

シドは後ろに手を組んで、彼らに背を向け、少し歩いた。
そして、突然止まって振り返った。

「.......いいでしょう。最初の契約の通り、スコール、ゼル、セルフィに任務にあたってもらいます」

リノアの顔が明るくなる。

「ただし条件があります」

シドは微笑んで、リノアに言い聞かせるように語った。

「まず、アーヴァン・キニアスを作戦に参加させます。彼はSeeD実施試験としてこの作戦に参加してもらいます。いわば特別措置です。それと、キスティス・トュリープ教官が同行し、SeeDではない彼のサポートおよび試験の評価をします。この条件をのんでもらえば、バラム・ガーデンは森のフクロウの活動を全面的にバックアップします」

その言葉にリノアの表情は、ぱあっと明るくなった。
嬉しそうにスコールをみる。

「それにしても痛いですねえ。アーヴァン含め、主要SeeDが5人も抜けては.......。まあ、契約したのは私ですから、自業自得ですね.........」

苦笑しながら、シドは頭を掻いた。

一方スコールは、シドの話を聞きながらも、思索を巡らしていた。
アーヴァンとキスティスの作戦の参加という異例措置に関して、森のフクロウの作戦のサポートはともかく、リノアをガーデンの外に出すのに、3人のSeeDだけでは心もとない、というのが学園長の本音だろう。リノアの事情を知っている者は数少ない。先の大戦で行動を共にした彼ら5人を抜擢するのがよいと判断したのだろう。
それに、こんなにあっさりとリノアがティンバーに行くことを承認してくれるのも意外だった。
もしや、シドは、これからそう遠くない未来に、彼女の身に起きることを予感しているのでは、とスコールは勘繰ったりもした。リノアにもまだ話していない、ある予感。それを口に出してしまうのは、今ではないと思って、胸の内に秘めているが。

(反対されても、無理矢理にでも行くつもりだったけどな)

シドがスコールの方に向き直った。

「リーダーは、変わらずスコールに任せます。よろしく頼みますよ、スコール」

「了解」
スコールはSeeDの敬礼をした。



  *    *    *

「ゾーン!ワッツ!」
「リノア!」

ティンバー駅で彼らは感動の再会を果たした。

喜びの涙を堪えながらゾーンとワッツと抱き合うリノアを、スコール達は駅のホームから遠巻きに見ていた。

「リノア、元気になってよかった!」
ゾーンが鼻をすすりながら言った。

「さっ、SeeDのみなさん、こっちっス。アジトも使えるようにしたんスよ」

一足早く、ティンバーに戻ってきたゾーンとワッツが仲間を呼び寄せ、破壊されたアジトを作り直したのである。居住性はかなり低いが、暮らせないこともない。

そこから約1ヶ月が過ぎようとしていた。

アーヴァンを含む5人のSeeDとリノアは、森のフクロウのアジトで、レジスタンスのメンバーと共に寝食を共にしていた。

スコール達は、まず、ばらばらに活動していたレジスタンスの連携を図った。無駄にガルバディア軍と衝突して、消耗しないためだ。
SeeD達は綿密な計画を立て、ティンバー市街地に駐在するガルバディア軍に損害を与えてきた。情報収集や物資調達は、レジスタンスに任せ、ガルバディア軍の駐在地の爆破や本国からの補給ポイントの制圧は、実行部隊としてSeeDが担った。

そして先日、ガルバディア駐在部隊をティンバーの街から撤退させることに成功したのである。
厳しいガルバディア軍の監視と支配はなくなり、ティンバーの街は明るさと活発さを取り戻した。
とは言っても、ガルバディア軍は前線を後退させただけである。ティンバー市街地の数キロ行った先にはガルバディア軍が部隊を構えている。

そんなときだった。
ワッツが息を切らしてアジトに飛び込んできたのは。

「情報っス!今度、ガルバディア軍のトップ、フューリー・カーウェイがティンバーに来るっス!」

SeeD一同とリノア、森のフクロウのメンバーは、驚いてそのニュースに耳を傾けた。

フューリー・カーウェイは、魔女がガルバディアを支配していたころ、魔女暗殺を謀ったとして、しばらく閑職に就いていた。しかし、エスタ起こったルナティック・パンドラの騒動で、サイファーの指揮が崩れ、混乱状態になったガルバディア軍を迅速にまとめ上げたのも、彼だった。その統率力や魔女に対する揺るぎない姿勢も評価され、現在はガルバディア軍総帥の座に就く。

ティンバーに来る目的は、前線を後退してしまった駐在部隊を仕切り直し、鼓舞することらしいが、スコールは若干違和感を感じた。

「おっ、とうとうお出ましってわけだな」
ゾーンが不敵な笑みを浮かべた。

「で、どうする?前の大統領のときみたいに、掻っ攫っちゃうってのは、どうだ?」

その言葉に、リノアの眉がぴくっと動く。

「いいっスね!さっそく情報集めっス!」

「待て。そんなことしてもダメだ」
ゾーンとワッツの盛り上がりを制止したのはスコールの声であった。

「ここでガ軍を下手に刺激したくない。仮にカーウェイ総帥を攻撃したとしても、ガ軍の士気を高めるだけだ。彼はガルバディア国内でも支持を得ている。彼を暗殺なり誘拐でもしたら、世論に押され、報復措置として、ガルバディアはティンバーに一斉攻撃を仕掛けてくるだろう」

ワッツとゾーンは押し黙った。

「でも、なんか変よねえ」
キスティスが頬に手を当てながら話した。

「確かに、ガルバディアはティンバーの市街地からは撤退したけれど、街の外にはぎっちり戦線を組んでるわ。そこまで相手を切り崩していないのに、いきなりガルバディア軍の総帥が来るなんて、この反応は過剰だと思わない?」

「ちょっと揺さぶりかけてみる〜?」
セルフィが、ぴょんと座っていた椅子から立ち上がった。

「そうだな。もう少し小物を叩いて、相手の様子を伺おう」

「というわけだ。他のレジスタンスの連中にも知らせてくれ。今はまだ騒ぎは起こすな、と。下手にガ軍を刺激したら独立は遠のく、とな」

ワッツとゾーンは黙って頷いた。

        *   *   *

スコールは森のフクロウのアジト内部、会議室でワッツが持ってきたレポートを読みながら、次の作戦を考えていた。

「スコール」

聞き慣れた声がする。
ドアから顔を覗かせたのはリノアだった。

「さっき、わたしのこと気遣って、みんなの前であんなふうに言ってくれたんだよね。ありがとう」

お礼と言わんばかりに、スコールの頬にキスをした。

「.......?あ、ああ」
スコールは、妙に歯切れの悪い返事をした。

「ほんとにそう考えてたから言ったまでだ。ここまでガルバディア軍を押し退けたんだ。最後まで抜かりなくやっておきたい」

リノアは、ぽかんと口を開けてスコールの話を聞いていた。

「なあんだ。そういうことだったの」
リノアは口を尖らせた。

「拗ねるなよ」

「お詫びに、はい」
そう言って、リノアは両手をスコールの方に向けて差し出した。

スコールはリノアの腰を抱き寄せ、白い額にキスを落とした。
しばしあって、スコールは、ワッツがカーウェイに手を下そうと意気込んでいたときのリノアの反応を思い出した。

「迷っているのか.....?親父さんと、戦うことを.......」
スコールは、リノアを膝の上に乗せたまま訊ねた。

リノアは首を横に振った。

「........ううん、戦うことは構わない。だって、ティンバーを独立させたいもの。前にスコールが言っていた通り、立場が違うだけ。わたしがこっち側に立って、あの人があっち側にいるだけ」

「ただ............」
リノアはぎゅっとスコールの服を握った。

「.......あの人は、わたしのこと知っているの.....かな?わたしに起こったことを........」

リノアが言っているのは、自分が魔女になってしまったことを指すのだとスコールはすぐに理解した。

「どうだろうな.......」

「わたしを連れ戻そうとするかな?」
彼の首に回したリノアの腕に力が入る。

「かもな。そうならないために、俺たちがいる。それに、リノアだって慎重に行動してるだろ?」

その言葉に、リノアは何も言わずに頷いた。

実際、リノアは以前のように作戦には直接参加しないようになった。レジスタンス同士の連携が図れるように、スコールたちの助言により森のフクロウが結成した『ティンバー独立連合』の集会にも一度も参加していない。それどころか、名簿に名前すらない。
スコール達SeeDが実行部隊として駆り出されている間は、森のフクロウのアジトにいるよりも、森のキツネの首領の家に身を潜めていることの方が多い。かつて、腕と料理と美貌で屈強な兵士を打ちのめしたという伝説をもつ、森のキツネのおかみと一緒に料理を作り、森のフクロウのメンバーに差し入れとして振る舞うこともある。

しばらく、スコールの胸にその身を預けていたリノアだが、するりと身体を離した。

「ご飯の準備しなくちゃ!」

目の前の彼女には、先ほどまであった不安の曇りは消えていた。

「あとでね、スコール!」
リノアはいつものように笑って、ドアの向こうへ姿へ走って行った。



部屋にはスコールだけが残された。

『あとでね、スコール!』
後に再び会うことを、さも当然のように疑わない言葉。

願わくば、もうしばらく、ティンバーの深い森が彼女の身を隠してくれんことを。

先ほどの言葉を頭の中で反芻し、彼はリノアの気配のなくなった部屋のドアをしばらく見つめていた。