永遠の花 第4章

〜 5 years ago 〜  Squall side


リノアに、これ以上ガーデンに居ることが出来ないと告げてから、リノアは心を閉ざしていったとスコールは感じた。 

彼女は自分自身のことを、全て語ることはなかった。

昔はあんなに話していたのに。

幼少の頃、彼女の母親がまだ生きていた頃、両親に愛されて幸せだったこと… 
母親が亡くなり、多忙になった父親、とても寂しい時間を過ごしたこと…
彼と出会い、魔女となり、ときどき不安にはなるが、今という時間を幸せに感じること….....

「スコールがいてくれるから、大丈夫」
そう言って、微笑んだ。
それを聞くと、穏やかな気持ちになった。
自分は魔女の騎士としての務めを果たしていると感じることができた。

でも、彼女は全てを語らなくなったのだ。

ただ自分に出来ることは、語らずともリノアを受け入れ、彼女を守ることだと思っていた。

ガーデンを出なければならないと告げてから、リノアはますます心を閉じていくようにスコールは感じた。

リノアは、スコールの部屋にいるときに、ときどき窓際に寄って茫然と宙を見つめているときがあった。

それを初めて見たときに、何とも言い難い感情を持ったことをスコールは覚えている。

初めて彼女の知らない一面を見たように思えた。

彼女が何を思い、何を考えているのか分からない。

その戸惑いにも不安にも似た気持ちはスコールを焦らせた。


ただ、自分だけを見てほしい、包み隠さず自分に彼女のすべてを見せてほしいーーーーー


そんな幼稚なエゴだったのかもしれない。


「リノア」


少し強い口調で彼女の名前を呼んだ。

リノアは左手を窓辺の縁に掛けて、頬杖をついて宙を見つめていた。

「リノア」

スコールの気持ちは焦りが募って、意図せず少し苛立った声に聞こえたのかもしれない。

リノアは気づいたのだろうか、はっとなって、こちらを向いた。

そのときは、彼が知っているリノアだった。

「ん?何?」

少しはにかみながら、こちらをやさしく見つめるリノア。

本心がその笑顔で覆いかぶされようで、その微笑が逆に寂しいとスコールは感じた。


それからというものの、彼女がそうやって茫然と宙を見つめているときには、スコールはリノアに声を掛けるのをやめた。

話し掛けてこちらを振り向いた彼女は、自分のことを忘れてしまっているんじゃないかーーー

そんなことを考えてしまった。

(……何を考えているんだ、俺は)

彼女のことを信じている。
彼女のことを愛している。

この命に代えてもリノアを守る決意はある。


(だったらこの気持ちはなんだ……)


スコールが20歳を迎えるまで、あと数週間のときのことであった。

そして、時はティンバー大統領との密会の夜を迎えていた。


   *   *   *


ティンバー大統領ハワード氏に会う当日、スコールは早めに仕事を切り上げた。

卒業まであと数週間しかないのだから、大きな仕事は入れないようにしている。

残っているのは、デスクワークと自分より年下のSeeDたちへの引継ぎぐらいである。


SeeD専用オフィスを後にして、スコールは駐車場へ向かった。


黒色の高級車はスピードを上げる。高級品にありがちであるいかがわしさがない、品のいい車であった。、


車のガラス窓を開けると、潮の香りが鼻をくすぐる。

いつの間にか、これがふるさとと言える場所の香りになっていた。

彼がバラムへ来てから15年もの月日が経とうとしていたのだから。



波の音と潮の香りを感じながら、その車は走っていった。



    ◇   ◇   ◇



バラム・ホテルはバラムの街では一番古く、由緒ある高級ホテルである。

スコールはサングラスを掛けて、ロビーに入っていった。


ロビーには豪華だが上品なシャンデリアが吊るされ、ラウンジのソファーの傍らに飾られたバラム特産の陶器や生けられた花を照らしている。

心地よいクラシックが流れ、上流階層の客たちは、ソファーに掛けたり、食事から戻ってくる時間であった。


ラウンジを見渡していると、新聞を読んでいる初老の男性に目が留まった。

紛れもなくその場に溶け込んでいるのだが、どこか隙のない佇まい。

スコールには、彼がちょうど1週間前にガーデンを訪れた、あのエージェントであると分かった。


その初老の男性の元へスコールは歩み寄った。


「こんばんは。お久しぶりです」

他の客に怪しまれないよう、スコールは話し掛けた。

「おや、これはこれは」

エージェントは満面の笑みを浮かべてスコールを迎えた。

こちらの意図が分かったのだろう。彼も、スコールに合わせて口を開いた。

「お久しぶりですね。こんなところで。今日は妻と来ているのです」


「そうですか。お変わりないようで」


「よろしかったら、私の部屋でワインでもいかがかな?妻もあなたの話を聞きがっているでしょう」


「喜んで」


スコールは頷いた。


エージェントに付いて歩いていった。その間も、「バラムフィッシュはワインと合う」という話や、「娘への手土産は陶器のセットでいいだろうか」などとたわいもない会話を続けた。ロビーでは他の客も多かったからだ。


エスカレーターに乗ると、二人の男は黙った。

重い沈黙が続いた。

他の客は乗り込むことはなかった。



あるフロアでエレベーターはとまった。降りた後も終始沈黙は流れた。


エージェントは重厚な木製のドアの前で立ち止まり、スコールの方へ振り向いた。


「わたくしの案内はここまででございます。閣下はこちらの部屋でお待ちです」


エージェントは一礼をして、その場を去った。



その廊下に残されたのは、沈黙と、張り詰めた緊張だけだった。




スコールは金の装飾が施されたドアノブに手をかけた。



     *    *    *



大統領の泊まる部屋は、おそらくホテルで一番のスイートルームだったのだろう。

白く艶めく大理石の床は、彼自身を映していた。

ドアを開けるとまっすぐ数メートルほどの廊下があり、おそらくその奥のドアの向こうにティンバーの大統領ハワード氏はいる。

スコールは廊下を進み、ドアをノックした。

「どうぞ」

中から壮年の男の声が聞こえた。

スコールはゆっくりドアを開いた。





ハワード大統領は壮年の男であった。険しく刻み込まれた皺が彼が占領下のティンバーでの17年間もの苦労を語っていたのだろうか。黒い髪の毛の根元は白髪交じりだった。

彼は軍人上がりではあったが、ティンバーに残るさまざまな問題をなるべく平和的に解決することに努める政治家だった。

大統領はソファーに腰掛け、煙草を吸っていた。白い煙が天井へ昇り、やがて消えていった。




部屋の窓に目をやると、窓ガラスに雨が打ちつけられていた。


「座りたまえ」

大統領は煙草の火をガラスの灰皿の底に押し当て火を消した。

スコールは大統領の正面に座った。


「用件を率直に言おう」

スコールが腰を掛けるのを待って、大統領は口を開いた。


「我がティンバー軍に来てほしい」

大統領はスコールの顔をじっと見ている。

いくら平和的解決を目指す政治家といえども、この人は軍人上がりだ、スコールはそう思った。

この人を試すような、人を射抜くような視線を向けることができるのは、そう人間人間だけなのだ。

スコールは黙っていた。

(……こんなところで、簡単に返事をするわけにはいかない)




(……相手をもっとおびき寄せるんだ)



「……大統領閣下直々にお招きくださるのは大変光栄なのですが……」


「ああ、わかっているさ」


大統領はスコールが言わんとすることを分かっているかのように言葉を放ち、立ち上がった。
そして、雨が打ちつけられる窓ガラスのほうへと向かった。


「待遇、昇進、ガルバディアやエスタには引けをとらない格別のものを用意しよう」


「特別予算だって組める。君が指揮する部隊を新設しよう」


「私はなんとしても君を口説き落としたいのだよ。我が祖国ティンバーのためにな。」



ハワード大統領は窓へ向いていたが、スコールのほうを向いた。





「第二次魔女大戦から1年後、やっとガルバディアから独立できたこの国には何が残っている?混乱と腐敗だ。支配される間に、全てガルバディアが壊してしまったからだ!」

大統領の身振りは大きくなった。

「我がティンバー軍に残るのは、レジスタンスの残党と18年間もの間ガルバディアの言いなりになっていた腰抜けの老兵たちだけだ」


「ティンバーに必要なものは、新しい風なんだ」


大統領は強い口調で語っていた。


彼の言う通りで、ティンバーは植民地時代は18年目にして終止符を打たれた。
魔女大戦の翌年、ガルバディアがティンバーを解放した。その陰には、現在のガルバディア軍No.1のフューリー・カーウェイ総帥の尽力があったとか。


ティンバーは、独立を果たしたからといって、全てがうまくいくわけではなかった。

政治は今後の舵取りを決めかねいた。反ガルバディア派、親ガルバディア派の対立もあり、大統領選は混乱を極めた。

膨大なレジスタンスの残党の中には過激な活動をするグループもあり、テロ活動や政財界の権力者に対する脅迫事件が相次いだ。
それらを抑圧するのがティンバー軍の役割だが、ガルバディア軍の支配下にあった18年間という月日は、軍人たちの誇りや気力を衰えさせた。若い兵士たちはレジスタンスや自警団からの入隊もあり、それなりに活発ではある。しかし、将校などの上層部には、大統領の言うとおりで確かに衰えた老兵しか残っていない。


熱く語り過ぎたことを制するかのように、大統領は煙草に火をつけた。

「君には大国の軍は似合わない」


スコールは大統領の顔を見た。

「大国の抱える軍に入っても、老いぼれの将校たちの椅子取りゲームに巻き込まれるだけだ」


「君は部下たちを従え、指揮を執り、自分の信念を貫く、その方が合っているだろう」


「私には分かるよ」

大統領はじっとスコールを睨むかのように見続けていた。





スコールはテーブルの上に両手を組んで乗せて、俯きその手を見つめながら話した。


「用件は分かりました。待遇、昇進等に関しては、言うことはありませんが、ティンバー軍入隊には条件があります」



「なんだね?」
訝しげに大統領は眉を傾げた。



スコールは姿勢は変わらず、はっきりとした口調で答えた。


「ティンバーが魔女を受け入れるという条件です」


「・・・・・・魔女?」

ハワード大統領は、受け入れがたい言葉に眉をひそめた。


                          《永遠の花 第5章》へ続く