永遠の花 第16章




ティンバー軍ダグナー総督より、クーデター鎮圧の命令を受け、実行部隊としてデリングシティに潜入したスコール達。

ガルバディア兵に扮した6人の兵士たちは、裏路地に集まった。

「大人数だと目立つから、ここで3つのパーティーに分ける。俺とジェイスがジョセフ・ロバートの身柄拘束を行う。ブルノとアンソニーは、情報収集とティンバーとの通信を頼む。ユーリとガインは作戦遂行後の脱出経路を確保するんだ」

スコールは、それぞれの兵士に、軍服と一緒に入っていた偽造IDを渡した。

「何かあれば無線で」

「了解!」と言う声の後、確チームは2人ずつ、3つのグループに別れた。




スコールは、ジェイスと言う若い兵士と一緒になった。

彼は部隊の中でも若い兵士であった。スコールはその分をフォローしようとしていた。だからジェイスとパーティーを組んだ。


「これから、どうしましょう?」
ジェイスがスコールに尋ねた。

「………確かめたいことがある」

(?)

ジェイスは不思議そうな顔をしながら、スコールについて行った。



[newpage]



          ◇    ◇    ◇


2人は人がいない裏路地から、表の商店街の方へ向かった。

スコールは電話ボックスを見つけ、その前で立ち止まった。

「ここで待っていてくれ」

ジェイスにそう言うと、電話ボックスの中に入った。

「…………………………」

ジェイスはスコールが一体誰に電話を掛けているのか分からなかった。

電話ボックスに背を向け、周囲に怪しい者がいないか見張っていた。



         ◇     ◇     ◇




スコールは電話の受話器を取ると、持っていた小銭をあるだけ入れた。


tlululululululu........



コールは一回で途切れた。



『……………はい』



「こちら、スコール・レオンハートです」



『…………デリングシティに来ているのか?……14地区の公衆電話からだな』


この電話は当然のように逆探知されているようだ。


「これから、お会いしたいのです。ご報告したいことと、情報をいくつかいただきたいのです」


『……………分かった』


「この電話も、いつ傍受されるか分かりません。詳しくは後ほど」


『ああ。会うならどこで?』


「こちらから伺います。『あの石像』を外してくれると助かります」


『分かった』


「失礼します」




スコールは受話器を置いた。



「待たせたな」

スコールは普段通りの様子で電話ボックスから出てきた。

「いいえ」

ジェイスは、誰と話していたのか訊かなかった。

「行くぞ」

スコールは淡々と買い物をする人々の間を縫って歩いて行った。
何回かガルバディア兵とすれ違ったが、ジェイスは平常心を保ちながら、スコールの後をついて行った。

二人は、デリングシティの中心部に向かっていた。
進行方向にはデリングシティの象徴とも言える凱旋門が見える。

     ◇  ◇  ◇


中心部へ行くほど、街は荒れていた。

凱旋門前には、ひっくり返った車や燃料が入れられて轟々と燃えているドラム缶がいくつもあった。そして、それを囲むように集まる男たち。

スコールとジェイスは凱旋門の下に入った。

凱旋門の壁に、ドアがあり、スコールはその前で止まった。

「ここからデリングシティの地下水通路に入れる。モンスターが出るから、装備を怠るな」


「はい!」

          ◇     ◇     ◇


凱旋門のドアを開けると、そこには長い鉄はしごが暗闇へと伸びていた。
そこをスコールにつづいてジェイスは下りていった。


「…………ここは一体」


ジェイスはつぶやいた。

「デリングシティ内の地下水路だ。デリングシティは雨が多い。生活水というよりかは、市内で溜まった雨水を地下落として海まで流す仕組みだ」

「なるほど」


「ただ水を流すためだけにつくられたものだから、人はめったに入ってくることはない。だから、こうしてモンスターが繁殖するんだ」

そう言って、スコールは、壁を這ってジェイスの背後に忍び寄ってきたグアンデアーロをガンブレードでなぎ払った。

グアンデアーロは蜘蛛のような長い足をびくっと震わせ、縮こまり床に落ちた。

「………行くぞ」

スコールはそれだけ言うと、地下水路の更に置くへと進んでいった。


         ◇    ◇    ◇


地下にはブエルが多く繁殖しており、ときおり二人に襲いかかってきた。
強敵というわけでもないので、二人は特に苦労することなく進む。

巨大コウモリのようなそのモンスターが近づいてきたところを、二人は各々が握る剣で切り払った。


ジェイスを誘導するように先を歩いていたスコールであったが、水路の角を曲がるところで立ち止まった。

曲がり角の先が、ランプで照らされているように明るい。


「………人の気配がある。準備しておけ……」


スコールは息を小さく吐いた後、ガンブレードのトリガーを握りながら一歩踏み出した。


「動くな………」



スコールが動くと同時に、向こうもこちらの気配に気付いていたのか、長身の男は長い剣を構え、その後ろにいた大男と銀髪の女もそれぞれの武器を構えていた。



「………!!!?……………」




「サイファー………」



そこにはサイファーがいた。
雷神、風神と共に。
ランプがぼんやりとそこにいる5人の貌に陰を落としながら光る。
揺らめく炎は、風化したレンガを不気味に照らしていた。


スコールは眉間に皺を寄せた。

まさか、このような形で会うとは。


サイファーとはエスタで戦って以来、会うことは無かった。

学園長は彼を心配して、何度かSeeDに捜索命令を出した。

しかし、掴めるのは情報だけで、サイファーの居場所を突き止めることは誰にも出来なかった。





「よう、久しぶりだな………」

サイファーはにやりと笑った。そして、彼の持っているガンブレードを鞘に納めた。彼には敵意は無いと伺って見える。

スコールもをガンブレードの刃先を下ろした。


「あんた、今まで何処に……?」

ある情報では、彼は死んだと伝えられた。
しかし、ある情報では、彼は生きていると伝えられた。
真相は今まで分からなかったのだ。


見えにくいスコールの感情が、少し声色に出てしまったようだ。


サイファーはそのわずかな変化を感じ取ったのか、ふっと笑って答えた。

「オレか?オレはフリーランスの傭兵さ。世界中点々としていたからよ、見つかりっこないぜ」


「フリーの傭兵?」


「世の中、SeeDや政府に真っ向と頼み事出来ねえ奴らがいるからよ。そいつらがオレの顧客って訳だ」


「………裏稼業か」

スコールは呟いた。それに対し、サイファーは挑発的な笑みを浮かべる。


「お前がSeeDのときにやっていた仕事に比べりゃ良心的だよ」


「…………かもな」


簡易テーブルの上に置いてある、いくつかの書類には物騒な文字は見当たらない。

古文書の解説書や、地図らしきものばかりであった。
まるで、考古学者のデスクのようだ。

スコールがデスクの上に散らばっている物に目をやると、慌てて雷神がそれを遮った。


「見るんじゃないもんよ!」

今にもつかみ掛かりそうな雷神を制したのはサイファーであった。

「大丈夫だ、雷神。こいつは政府のイヌだからよ、そんなガラクタ興味ねえよ」


「ガラクタ?」

スコールは尋ねた。


「どっかのバカな金持ちが、集めたがっているのさ」

サイファーは腕組みしたまま、机にどっかりと座った。長い足を投げ出す。


「………トレジャーハンター?」
ジェイスが思わずつぶやいた。

このつぶやきにいち早く反応したのはサイファーであった。

「ククク……トレジャーハンター!……それだ!気に入ったぜ」

嬉しそうに彼は笑っていた。

「………サイファー、時間……依頼主、怒」


「おう。ここに居過ぎたようだ」



サイファー達はスコールとジェイスの前を通り過ぎようとした。
スコール達も、進行方向へ足を踏み出した。

ちょうどスコールとサイファーの肩がすれ違うとき、サイファーが小さな声で言った。


「……あいつ、ガルバディアに戻ってきたそうじゃないか」


スコールの動きが一瞬だけ止まる。


「とうとうお前も愛想つかされたって訳だ」

「..................」

これにはスコールも、何も言わなかった。

サイファー、雷神、風神は地下水路の闇へと姿を消した。

スコールはその気配が完全に消えたところで一度振り返った。

「そのようだな………」

そのつぶやきもまた闇の中へと消えて行った。

[newpage]



 スコールの後を付いていくジェイスの心の中にはさまざまな疑問が次から次へと浮かび上がっていた。

先ほどの男は一体何者なのか?
スコールのSeeDであったころのことを知っているようだが。

彼は一体あそこで何をしていたのだろうか?
『トレジャーハンター』という言葉をたいそう気に入っていた。

そして、最も気になったこの一言。

『とうとうお前も愛想つかされたって訳だ』


まるで、スコールに恋人の存在を示す言葉のようだった。
しかし、聞けない。プライベートの事となると尚更、だ。

スコール・レオンハート准将のプライベートはベールに包まれたままである。

自分は幸運にも(?)、その真相に迫れるかもしれない。

ゴシップはともかくとして、ジェイスはスコール・レオンハートという男がどのような人間なのか興味を持っていた。

SeeD時代から現在に至るまで、数々の伝説を作り上げてきたこの男に。

   
     ◇  ◇  ◇


時々現れるモンスターを剣でなぎ払いながら、二人はデリングシティ地下に張り巡らされた地下水路を進んだ。錆だらけの鉄梯子が地上へ伸びるのが見える。

そのとき、スコールが持つ通信機が、受信の合図を発した。

「・・・・・・こちら、レオンハート」

「・・・・・・こちら、ブルノ。ティンバー総司令部より、レオンハート准将宛に暗号通信を受信。おつなぎしますか?」

「頼む」

ブルノは回線を切り替え、ティンバー総司令部から送られる暗号を、スコールの無線につないだ。
ツーツーと通信特有の電子音が聞こえる。

(モールス信号・・・・・・)

スコールは精神を集中させて、その解読を試みる。

(ロ・・・バ・・・ト・・・ア・・・ン・・・サ・・・ツ)
(ロバート、暗殺)

(クーデターの首謀者ジョセフ・ロバートを暗殺しろ、ということか)

「・・・・・・・・・レオンハート准将?」

険しくなるスコールの表情をジェイスは窺う。

「・・・・・・この先が目的地だ。行こう」

それだけ言って、スコールは鉄梯子を慎重に登り始めた。カンカンと靴が打ち鳴らす音が、地下水路の静寂の中に響いた。

進行方向の角から、淡い光が漏れる。

きっと、目的地に到着したのだとジェイスは感じた。


角を曲がると、そこはガルバディア独特の豪華な家具類が並んでいた。

「まさか、その格好で来るとは、驚いたな」

ジェイスとスコールは石膏で作られた女神像の横を通り過ぎた。


(あの地下水路はこの部屋とつながっていたのか………)

ジェイスは心の中でひどく驚いていた。


自分たちが出て来た地下水路へと続く狭い通路とはちょうど一番離れたところには大きな木製のデスクがあった。

その奥の独りがけソファーには、壮年の男が座っていた。

「急な訪問をお許しください」

「かまわんよ。ガルバディア兵の軍服で来るなんて、いたずらにしては凝りすぎているな」


男は、ふっと笑いながら言った。
スコールはその一言に、目を見開いた。


(この軍服は、ガルバディア軍がよこしたものではないのか……?)


この二人が来ているガルバディアの軍服は、元はワッツとゾーンが運んできたものである。彼らが紅茶の葉と言われ、だまされて運んできた物である。


(……真相はこれから確かめるしかない)

「座りたまえ。話を聞こう」

男は部屋の中央にあるソファーに二人を促し、机に置いてあるスイッチを押した。

ゴゴゴゴ……という音とともに、石膏の女神像は横へスライドし、地下水路と繋がる通路を塞いだ。



「そちらと会うのは初めてだな」


男はリラックスした様子でソファーに腰掛けた。


「私はフューリー・カーウェイ。ガルバディア軍第134代総帥を務めている」



(………!!!)


ジェイスは驚いた。

自分のような一般兵が会うはずもない人物なのだ。


普通一般兵が将校クラスの人間と一緒に仕事をすることは無い。
スコールは将校ではあったが、彼が稀なる存在で、自ら陣頭に立ち戦闘に携わる人間であるからこうして今までやってきた。

ましてや他国の総帥とこうして向かい合って座ることなど、普通考えられないことである。

「それで、一体どうしたのかね?」

「………お聞きしたいことがあります」

「何だね?」

「総帥は、クーデターのことを知っていらっしゃったのですか?」

少し沈黙が流れた。
この沈黙はなんとも耐え難い物であった。

「まさか……。私がこの国にいないときにクーデターが起こった。これは偶然だとは思えないよ」


「………そうですか」

「何か気になることがあるのかね?」


「………いや。少し予感がしたものですから」

「……君の勘は良く当たる。聞かせてくれないか」


そこで、スコールは話した。

ティンバー軍のラウル総督伝にガルバディア兵の軍服が届いたということ。
軍服ならまだしも、完璧なIDカードまで届いたということ。
完璧なIDを作るなどということは、ガルバディア内部の人間でなければ成し遂げられない。


「………つまり、我々の中に手引きした者がいるということか………」
苦虫を潰したような表情を浮かべた。

「それともう一つ……単刀直入に言いますと、ジョセフ・ロバートの居場所を知りたいのです」

スコールが切り出した。



「………なぜだ?」

カーウェイ氏は少し驚いたような表情を見せた。

(知らないのか?)


これは意外な反応である。

彼は全く以て「意外」という反応を示したからだ。


「……ティンバー軍総司令部より『クーデターの首謀者はジョセフ・ロバードである』という情報が入ってきました」


「それは、私も初めて聞いた話だ。彼は新政府派だぞ?」

カーウェイは確認するように聞き返した。

「………はい。自分も信じられませんが。真意を確かめる必要はあるでしょう」


ふう、とカーウェイは息を吐いた。


「仮に君にジョセフ・ロバートの居場所を教えたとして、ティンバー軍は彼をどうするんだ?」

「...................」

スコールはジェイスを一瞥した。
「悪いが、総帥と二人で話をさせてくれないか」

ジェイスはこくこくと頷いた。

「他の部屋を案内させよう。そこで待っているといい」

そう言うと、カーウェイは使用人を呼び出した。


      *    *    *


スコールとカーウェイ氏は、彼の書斎のソファーに向かい合う形で座っている。

ジェイスが完全にいなくなったことを見計らって、最初に口を開いたのはスコールだった。

「このクーデターには、ティンバーの大統領府が関わっているようです」

「・・・・・・・・・それは、いかんともしがたいな」

カーウェイは苦い表情をした。

「ティンバーがこのクーデターに関わっているとなれば、クーデターが無事鎮圧できたあかつきには、ガルバディアはティンバーに宣戦布告しても文句は言えない」
二人の男の中に緊張が走る。

「・・・・・・しかし、自分の元にクーデターの首謀者ジョセフ・ロバートの暗殺の指令が下りました」


ティンバーは裏でクーデターを支援しておきながら、自身の軍に首謀者の暗殺を命じる。
なぜこのような矛盾が起こるのか。

「こうも考えられる。・・・・・・ティンバーはクーデターをはじめは支援していたが、何か計画に変更があったのかもしれない。・・・・・・真相はまだわからないが」

「・・・・・・・・・はい」

「・・・・・・いずれにしても、ジョセフ・ロバートのところには、君が行ってきてくれるか?ガルバディアの中のどこに裏切り者がいるのかわからない」

「承知いたしました」

「・・・・・・彼を葬れば、クーデターはやがて収まるだろう」

「こちらとしてはクーデターが収まればよい。幸い、ティンバーの『誰か』にとっては、ジョセフ・ロバートは消えてもらった方が都合がよいようだ」

「すぐに、ジョセフ・ロバートの居場所を調べさせよう」
そう言ってカーウェイは立ち上がり、受話器に手をかけた。


        *    *    *


ジェイスはほどなくして隣の客間へと案内された。

ここもカーウェイの部屋と同じく、豪華で質の良い調度品がこしらえてあった。

彼は身体が沈みすぎるソファーに腰を下ろし、出されたコーヒーを飲んでいた。

隣でスコールとカーウェイはどのような話をしているのだろうか?
一般兵である自分には知る由もないが。


キャビンに並べてあるさまざまなトロフィーや賞状、写真が目に入った。

そのほとんどはカーウェイ氏のものである。


功労賞、叙勲賞……ほとんどが軍隊関係だ。
写真もその表彰のときに撮られたものだろう。彼はきっちりと軍服を着こなし、誰かしらの横にトロフィーや勲章を手に持って立っていた。

しかし、その写真立ての中でひっそりと、小さな額縁に入っている写真にジェイスは気がついた。


乗馬の大会?なのだろうか。

二人の人物の後ろには立派な黒い馬が写っている。

二人の人物のうち1人はまぎれも無くカーウェイ氏自身。

そしてもう1人は、女性だ。

黒く長い髪を後ろに束ね、乗馬の軽装をしている。

キャメル色のジョッキーブーツを履いた彼女は、写真の中からこちらに向かって微笑んでいる。


写真はわりと最近撮られたもののようだ。他の写真よりも色あせていない。


彼女は一体何者だろうか?

年の頃からして・・・・・・カーウェイ氏の娘なのだろうか?


ジェイスは、写真の中で微笑むその女性をしばし見つめていた。


     *   *   *


ジェイスは、廊下から呼ばれる声で我に返った。

返事をして、急いで部屋を出て行った。

どうやら、今回のターゲットのジョセフ・ロバートの居場所がわかったようだ。
彼は自宅にいるようである。

「軍人が必死にテロやクーデターと戦っているというのに。気楽なものだよ、政治家は」

カーウェイがふっと笑って言った。

スコールとジェイスは、カーウェイに敬礼をして、その場から立ち去った。

向かう先は、ロバート邸。ここからそう遠くはない。
二人のガルバディア兵に扮した男が、静かな住宅街を歩いていた。


  *   *   *


ジョセフ・ロバートの邸宅まで歩いて20分もかからなかった。

ガルバディア軍の兵士の格好をしている二人は夜のパトロールの振りをした。
そうすれば、深夜の街中を歩くことは難しいことではない。

作戦の打ち合わせは既にカーウェイ邸で済ませてある。
あとは実行あるのみだ。

ロバート邸は、かなり豪奢なつくりになっていた。

ライトに照らされ、家の外壁に吊るされたガルバディア国旗が不気味に揺れていた。まるで生き物のようだ。

どこかでイヌの鳴き声がする。この家の番犬として飼われているのだろうか。


門には1人のガルバディア兵がいた。
彼はこちらの様子に気がついたようだ。


「よう。おつかれ。交代だ。」

ジェイスは陽気に声を掛けた。

「………?……交代の時間は未だ先じゃないのか?」

兵士は不思議そうに答えた。

「急に時間が変わったらしい。ほら、カードリーダー出しな」

ジェイスは気に留めること無く、もらっていたIDカードを出した。

ガルバディア兵士の腰に付けられたタッチ式のカードリーダーは、何事も無くジェイスのIDを認証した。続いてスコールのカードも。

緑色の正常ランプがついたことに安心したのか、その兵士は安心した様子で笑った。

「そうか。それじゃ、あとは頼むよ」

兵士は少し嬉しそうに、パトロールの詰め所の方へ駆けて行った。


スコールとジェイスは、その兵士が完全に消えたのを見計らって、互いを見て黙って頷いた。



(よし、順調だな)


ジェイスは心の中でガッツポーズをした。
もしもカードリーダーが正常に作動しない場合のシュミレーションは出来ていた。
少々手荒だが、強行突破だ。

それをしなくてすんだことに、正直ほっとした。



門番兵を通り越してしまえば、あとは作戦は成功したも同然だ。

なんにせよ相手はただの政治家である。特殊な訓練を受けた者ではない。

何の抵抗も出来ない相手を殺してしまうのは、少々心痛むことではあるが、重要な作戦であるから致し方ない。これも軍人の性分というやつだ。


重厚な木製のドアを開けると、中は灯りこそはついていたがしんと静まり返っていた。


深紅の絨毯に覆われた二重の階段が、ロビー2階で交わる。
そこには豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
大きな窓からは月明かりが降り注ぐ。
満月は不穏な空気を予兆させる。
ジェイスは昔からそう思っていた。


スコールとジェイスは二手に分かれてジョセフ・ロバートの居場所を突き止める。
まずは一階からだ。
物音を立てないように慎重に歩いた。
スコールは左側へ。ジェイスは右側へ歩みを進めた。

     ◇   ◇   ◇


灯りが付いているのはロビーと階段、廊下だけで、人がいない部屋の灯りは消えていた。
下手に灯りを付けてしまうと、警備ブザーを鳴らしかねない。
ジェイスは小さな懐中電灯を口に加えて辺りをうかがった。
銃を両手で構えてある。


……まずは食堂。


ドアをゆっくり手で押して開けた。

食堂もまた豪華な作りになっていて、部屋の置くには暖炉があり、そこの横には巨大な動物の剥製があった。雄鹿が挑発的な目でこちらを見つめている。


テーブルには清潔な白のクロスが掛けられており、燭台のろうそくはどれも同じ長さに揃っていたが火は消えていた。
料理はとっくにさげられており、次の日の朝食の準備としてシルバーナイフとフォークが2つ、3つ並べられていた。

どうやらここにはターゲットはいないようだ。

ジェイスはその奥の台所もチェックしたが、ここには人の気配は尚更ない。
この家の主はおそらく立ち入らない場所なのだろう。特別な調度品はなく、清潔でさっぱりとしている。
ジェイスは廊下へ戻り、くわえていたライトのスイッチをOFFにした。


ちょうどスコールも反対側からロビーへと戻ってきたところだった。

彼も同じく首を横に振ってみせた。

やはり、ターゲットは2階だ。
二人は静かに、しかし素早く階段を上がって行った。

2階も右と左と部屋が別れている。
ここから先は二人で行動することにした。


二人は壁に身を寄せ、曲がり角を抜けるたびに緊張した。
銃の照準を誰もいない闇へと向ける。

2階の廊下の灯りは全て消されていた。


しかし、一番奥のドアからは微かに光が漏れる。
ここだ。ここにターゲットはいる。
ジェイスの心臓は高鳴った。
彼は、ふうと息をついた。


スコールは銃を構えたまま、ドアの隙間からそっと中の様子を見る。
やはり灯りが付いている。人がいるのだ。
中の部屋は、カーウェイの部屋と同じく豪華なつくりになっていた。
大きな縦長の窓ガラスからは、凱旋門を一望することが出来る。
その方向を眺める形で、男が一人、独りがけソファーに座っている。
その表情はこちらからは分からない。背もたれが邪魔をしているのだ。


葉巻らしき煙がすうっと天井に昇っている。
そんなことはどうでもいい。この状況をいかに切り抜けるか。
ジェイスの胸が更に高鳴る。


スコールがドアをゆっくり押して部屋に入ると同時に、ソファーに掛けた人物はこちらを振り返った。


「誰だ!?」


男は銃を手にした。思ったよりも反応が速い。
しかし、慌てることはない。相手はただの人間。
ジェイスは自分を落ち着かせる為に何度も心の中で呟いた。


スコールが銃を何のためらいもなく挙げた。
パーンと、銃声が部屋に鳴り響いた。

しかし、その鉛玉がめり込んだのは、相手の身体ではなく、後ろの窓ガラスだった。

バリーン!と窓ガラスは砕け散り、裏庭へ破片が落ちて行った。
その破片を月明かりが照らす。

まるでダイヤモンドダストのよう。
いかにも不吉なダイヤモンドダストだ。


(……外した?)

スコールは信じられないといった表情をした。

確かに照準は合っていた。自分がミスをしたとは到底考えられない。


その後起こったことは、正直信じがたいことであった。


異様に発達した右手が、二人の前の空気を切り去ったのだ。

それは到底人間のものとは思えない。

どくどくと脈打っており、獣のそれを思わせる爪は、挑発する番犬のようにこちらへ向けられた。


「な、なんだこいつは?!」


ジェイスが少しパニックになりながら、バンバンと銃を撃つ。

(……く、銃が効かないだと?!)



傷をつけたと思っても、シュウウという臭気と共にその傷はやがて修復されていた。


(……これが、ジョセフ・ロバートの正体?!人間ではない?!)



スコールは更なる攻撃をかわすため、一回転し本棚の前に転がり込んだ。
空を切った爪は、前の木製のテーブルを叩き割った。


「………オマエラ………コノウラギリモノ!………モウスコシデ、スベテウマクイクトコロダッタノニ。……ティンバーメ、ウラギッタナ!」


初めは身体はジョセフ・ロバートであり、右手だけ異様なモンスターの形であったが、次第に全身から臭気が立ちこめた。

ジョセフ・ロバートは歯をギリと噛み締めながら言い放った。


まるで、ティンバーがクーデター軍に加担していたような言い様だった。

「………しかし、甘かったようだな、ティンバー兵よ。『あのお方』は裏切られた場合の対策も考えておられる……。」


「………ティンバーなどに舐められる程、ガルバディアは落ちぶれてイナイ………」


ジョセフ・ロバートの皮膚の色が徐々に赤黒く変わっていった。目は血走り、口を大きく開けた。そこから見える舌は青く、尖っている。もはや人間のそれではない。


「!!!レオンハート准将!こいつは!!」


「………我々ハ、巨大ナチカラヲ得テ、再ビ栄光ヲ手二入レルノダ……!!」

「………なんだ?」
相手の意図することがわからず、ジェイスは聞き返す。

「……来るぞ!」
スコールが振り下ろされた巨大な爪をガンブレードで弾き返した。


ジョセフ・ロバートと思われるその人物は、緑色の蒸気が消えるとともに、そ全身が腐ったかのようなモンスターへと変わってしまった。

「ナムタルウトク……。こいつには小さな攻撃は効かない。炎系の魔法で焼き殺すか、致命的な大ダメージを与えた方が早そうだ」
スコールがそう言ってジェイスに伝えた。


(何だって?!……隠密行動のため、火を使って火事になるのは避けたい。しかし、銃が効かないとなると……)

ジェイスは銃を元の鞘に戻し、唾を飲み込んで、自分の剣を抜いた。

「ここは戦うには狭すぎる。ロビーの方へ逃げるぞ」
スコールはそう言うと、閃光手榴弾を投げた。
ピカッと視界が白くなる。


ジェイスはスコールが投げた物が何であるか反射的に理解して、爆発と同時に顔を手で押さえた。
相手がたじろいでいるうちに、二人はロビーへと掛けて行った。

その間にも、ナムタルウトクはゆっくりと二人を追い回す。
階段をずるり、ずるりと下りてくるその様子は、
なんとも不快な光景であった。

スコールは持っていたマシンピストルで足止めを食らわせる。

しかし、間に合わない!


ジェイスも距離を保ってマグナムで援護する。
二人の攻撃が急所に当たったのだろうか、ナムタルウトクは苦しがる様子を見せた。
今だ!

スコールはナムタルウトクに駆け寄りながらガンブレードを素早く抜いた。
そして、幾度も幾度もその刃先を相手に刻み込んだ。
相手の身体からほとばしる体液と、ガンブレードによる閃光。爆音と血肉を切り裂く音が入り交じっていた。

それはすさまじい光景であった。


今まで、弱いモンスターを相手にしたところを見たことはあったが、これほど巨大なモンスターを相手にしたスコールの姿を見たのは初めてであった。


援護することも忘れてその場に立ち尽した。

そして、ナムタルウトクは奇怪な断末魔を上げて倒れた。

当たりには、シュウウ、とその身体から臭気が漏れる音とガンブレードの弾薬が燃えきった匂いが立ちこめる。



「……………死んだ?」


ジェイスは呟いた。



ナムタルウトクの身体は、蒸気が上がるとともに徐々に消えていった。



「………………ジョセフ・ロバートは偽物だったてことですよね?」

ジェイスはおそるおそるスコールに尋ねた。

「…………そうのようだな」



スコールは片手を上げて肩を竦めてみせた。

作戦は失敗したも同然。彼は少し不機嫌に見えた。

今こそ生きながらえることができてよかったものの。




「…………さっきティンバーに裏切られたとかなんとかって、一体なんでしょうか?・・・・・・「
『巨大な力』がどうのとかって・・・・・・」

「………さあな。気にするな」

(………また、分からないことが増えただけだ)

スコールは自分の通信機のスイッチを入れた。

      ◇  ◇  ◇


『こちら、第十六部隊。潜入部隊………』


「ジョセフ・ロバートの殺害に失敗した。本部から入った情報の人物はフェイク(偽物)だった………」


『了解。司令部に伝える』

「こちらは引き続き、ターゲットの情報収集に努める。以上」


『了解。以上通信終了』


プツ…………



(………さて)


連絡を終え、彼は普通にジェイスのいるロビーへと戻ってきた。


スコールは淡々とした様子で、ジョセフ・ロバートの書斎へと向かう。
そして、机の中を調べ始めた。

ジェイスの興奮は未だ収まらない。さきほどのモンスターを前にして、生きていることが奇跡のように思えた。


スコールは引き続き、書斎のデスクに積まれた書類をさばくっていた。
それといったものは見つからない。


「………さっき言っていた『大きな力』とは何だったのでしょう?」



ジェイスが不思議そうに尋ねた。
彼も同じく、机に積まれた書類に目を通している。



「……ここで考えたって仕方ない。だから、手がかりを探すんだ」




しかし、気になる。
大きな力とは?
ガルバディアにこれから何が起ころうとしているのだろうか。



ほとんどの書類がこの一連に関係ないように見えた。

しかし、それらの書類の中でもひと際目を引く物があった。


(これは………)

それは写真であった。スコールは手に取ってみる。


そこには二人の男が写っている。場所はどこかのパーティーだろうか。

二人は笑っている。その二人の間には何とも言えない親近感が漂っていた。

1人はジョセフ・ロバート本人。そして、もう1人は、誰だろうか?

年は自分と同じくらい。黒くて艶やかな髪はガルバディア人特有のもので、短く切りそろえられている。彼からは知的な印象を受ける。


(この男、確かに見たことがある。しかも、最近の話だ………)


「……………………」




(…………!!!)




スコールはバッと顔を写真から挙げた。

そして、記憶をたぐり寄せる。


彼の異変にジェイスは気付いたようだ。

心配そうにスコールを見つめる。



この男。確かに会ったことがある。いや、会ったと表現するよりかは、見たのだ。

ティンバー独立記念パーティで。
挨拶を交わすこともなかった。

なぜなら、この男はリノアの横で笑っていた男であったから。

リノアが誰の隣で笑っていようが、とやかく言う資格は自分にはないのだが、
心の中がざわざわと沸き立った。
そのときの感情があるからこそなお、あの容貌はよく覚えている。

「・・・・・・・・・・・・・・・」
ジョセフ・ロバートの息子と思われる男は、現在ティンバーにいる。それも、リノアにとって一番近くに。
ジョセフ・ロバート自身も、ここにはおらず、影武者を使って、その身を隠していた。

『巨大な力』『ガルバディアの栄光』
先ほどの影武者だったモンスターが言った言葉をつなげる。
そして、これまでの状況の破片をつなげる。

ガルバディア、殊にクーデター派の人間達は、再び魔女の力を得ようとしている・・・・・・!
全てはその策略。


(………どうしてもっと早く気がつかなかった?!)


怒りが立ちこめる。何より自分自身に対して。

「クソ!早くティンバーへ戻るぞ!」

スコールは苛立った様子で書類をデスクの上に投げつけた。
ここまで感情を剥き出しにするスコールを見るのは、ジェイスとって初めてであった。
何がそこまで彼を熱くするのか、正直分からなかった。



部屋から飛び出そうとしたら、少し慌てた様子のカーウェイと出くわした。

「・・・・・・・・・これは、一体どういうことだ?」
おそらくロビーであのモンスターの死骸を見たのだろう。
さらに、カーウェイは真っ二つに割れたテーブルを見て、『状況を説明しろ』というような表情を見せた。


スコールは少し苛立っていた。今は一刻も早くティンバーに戻りたかった。
しかし、彼を無視することはむしろ状況を悪化させる。
スコールは無駄無く、かつ素早く状況を説明した。


  ◇  ◇  ◇


「……なるほど。それは早くアーヴァインに知らさなければ。彼からは今のところ何も情報は入っていない。尚更心配だ。ティンバーへの交通手段は私が手配しよう」



カーウェイも少し慌てた様子でロバート邸を後にした。
何が彼らをこんなにも苛立たせ、慌てさせているのか、正直ジェイスには分からない。
まるで、彼らが共通して『何かを守っている』かのように見えた。


  ◇  ◇  ◇


スコールとジェイスは、やがて別れた他の隊員たちと合流した。
ここはデリングシティの駅である。
ティンバーへ行く方法は、列車が一番速い。ここへは線路が爆破され復旧されていないことを理由に、車両で来たのだが、事態は一刻を争っていた。
やがて、カーウェイから連絡が入った。



『残念な知らせだ。軍事車両専用の線路は、損傷が激しいため、未だ復旧のめどが立っていない。一般車両なら通行が認められるそうだ。一般車両の手配を今行っているところだ』


そんなもの待っていられない。スコールは思った。
一体、どうしたらいいのか。
この駅に山ほどある一般車両を奪ってでも、今すぐティンバーへ向かいたい。
この中にある一般車両………

スコールにある人物が思い浮かんだ。

(ワッツ、ゾーン………)



永遠の花  第17章》へ続く