はなむけの言葉は




ここは、セントラ大陸の入江のほとりにある石の家。

草は生い茂り、かろうじて人が通る道だけ灰色の地面が見える。視線の先には、所々崩れている石の家があった。



1人の男と1匹の犬が、その家の開け放たれたドアに向かっていた。





はなむけの言葉は




その家に続く通り道に立つ男と犬の存在に気づき、家の入り口から、1人の女性が駆け出して行った。


「アンジェロ !」


その犬も、久しぶりの主人との再会に尾を振りながら走って行った。


長い黒髪をなびかせ、女性はしゃがんだ。まるで、抱き合うかのように、犬と女性は互いの顔を近づけた。
アンジェロと名づけられたその犬は、「くうん」とひと鳴きして、主人であるリノアの頬を舐めた。

「アンジェロ 、ごめんね。寂しかったね」
そう言いながら、リノアはアンジェロを撫でて、一度抱きしめた。

そして、リノアは視線を上げ、アンジェロを連れてここまでやって来た人物に目を向けた。


「サイファー...............」


リノアは続きを言おうとしたが、声が出なかった。
彼と会うのは8年ぶりである。

アンジェロを連れてやってきた男、サイファー・アルマシーは、困惑とも恐怖ともとれる彼女の眼差しを、ただ黙って受け止めるしかなかった。

リノアが最後にサイファーに会ったときの、彼にされた恐ろしい出来事は、未だに記憶の奥にある。
ルナティックパンドラで、恐怖の魔女アデルの前に突き飛ばされ、その魔女に取り込まれた恐怖。

今のリノアには、彼に掛ける言葉をもちあわせてなかった。

「サイファー、長旅苦労かけたな」

家の中から出てきた人物の声に、リノアは安堵した。
声の主、スコール・レオンハートである。

サイファーは、スコールを一瞥すると、すぐに視線を逸らし、言い放った。

「いや、大したことはないさ」

スコールはその言葉を聞き、淡々と話した。

「.......カーウェイ総帥が無事にバラムに亡命できたことが確認できた。カーウェイ総帥の方の報酬は、言われた通り、指定された口座に振り込んである」

「それと、アンジェロをここまで連れてきてくれた分の報酬だが..........」

「報酬はいらねえ」
サイファーはスコールの言葉を遮るように言った。

「は?」
スコールが唖然として聞き返す。

「報酬はいらねえって言ってるんだ」
サイファーは苛立った様子で言った。

ここで、2人のやり取りを心配そうに見ていたリノアが口を開いた。
「でも、サイファー........」

「いいんだ!オレが決めたことだ。そのイヌの分はサービスだ」

リノアが心配そうな瞳で彼を見つめる。
「ここまで来るのだって大変だったでしょ?..........ホントにいいの?」

サイファーは腕を組んで、人差し指でトントンと自分の腕を軽く叩いている。これは、サイファーが苛立っている証拠だ。
「ああ、オレの気が変わらないうちに、サービスだと思って、黙って受け取れ」

その頑な彼の意志に、リノアはサイファーなりの想いが込められているのだと思った。
そして、過去の記憶の奥底にあるわだかまりが少し解け、心が軽くなるのを感じた。

「..........ありがとう、サイファー」
それは、リノアから自然に出た言葉だった。

と、そのとき、石の家には不釣り合いな、通信機の受信のアラームが鳴った。

それにいち早く反応したのはスコールだった。

「エスタからだろう。セルフィたち、何か情報が掴めたのかもしれない」

通信音は鳴り止まない。
しかし、スコールは迷っていた。このまま、通信に応答すると、自分はこの場を離れることになる。

果たして、それでいいのか。
スコールは迷っていた。

「スコール、早く出てあげて」
リノアはスコールにそう促した。

その言葉に、スコールは彼女に目を向けた。
「大丈夫か?」と言いたげな、心配そうな瞳だった。

リノアは微笑みながら彼に向かい頷いた。

スコールはその様子を見て、家の中へ戻って行った。



その場には、リノアとサイファー、それとアンジェロ が残されていた。
リノアはしゃがんだままアンジェロの頭を繰り返し撫でている。

2人は黙ったまま、沈黙の時が流れていった。
時折り吹く強い風が舞い上がる花びらと共に、リノアの髪を乱す。

沈黙を破ったのはサイファーだった。

「リノア」

リノアは顔を上げる。


「幸せになれよ」


それが彼からの精一杯のはなむけの言葉だった。

ただ、それだけ言って、サイファーはリノアに背を向け、去って行った。



「サイファー、元気でね」
リノアはアンジェロと共に、その白いコートが見えなくなるまで見送った。



(おわり)