手離したくないもの




ここは、エスタ大統領官邸。



「えっ?スコールと仲良くなる方法、ですか?」


意外な人物からの意外な相談に、リノアは驚きで目を丸くする。

「いやー」と苦笑いしながら、ラグナは頭を掻いた。

「リノアなら、いいアドバイスくれるかなって思って」

うーん、とリノアは首を傾げながら考える。

しばらくして、彼女はパチンと手を叩いた。


「まず、「別に」って言われても、めげずに話しかけることが大切です!」

「うん、うん」

「あと「悪かったな」も」

「なるほどな」

「面倒そうな顔をするかもしれないけど、話を聞いてないわけではないんです」

「ほう」

「ただ、返答するのが苦手って言うか..........うまく自分の気持ちを表せなくて、きっと困ってるんです」

「だから、彼の言おうとすることに、最後まで耳を傾けるんです」

「冷たいように見えるけど、そうじゃなくて........本当はいろんなこと一所懸命考えてると思うんです」

「ただ、表面に出ないだけで............だから、時間をかけて、ゆっくりと彼の想いを引き出していけばいいと思うんです。あ、もちろん、こっちは全開全力でいきます!」


いつのまにか熱く語っている自分に気がつき、リノアは急に恥ずかしくなった。

「..........って、まあ、こんな感じですかね?アドバイスになってるかな」

「リノア!ありがとう!オレ、できるような気がしてきた!!」

ラグナがいきなりぎゅっと両手を握ってきたから、リノアは驚いた。

こんなに感謝されてるのだから、自分のアドバイスとやらは、彼にとって身になるものなのだろうか。

希望に満ちた表情で、ラグナは「よし!」と拳を高く振り上げた。

「えっと、何かわからないけど、がんばってください!」

リノアは両手を胸の前でぐっと握って、頷いた。


*   *   *


「わざわざ呼び出して、何の用だ?」

不機嫌な声が部屋に響いた。


(うわあ............)


ラグナはこれから起こるであろうことを想像した。

目の前の少年は、不服そうな顔でこちらを見ている。

「.......あ、えっと、前にオレが『ぜんぶ終わったら、ゆっくり話そうな』って言ったこと覚えてるか?」

スコールは眉根を寄せ、記憶を手繰り寄せる。

「ああ......」
ぶっきらぼうな返事が響く。

「で、その話をしようってのが今なワケ」

「それで?」

「それでって、その............」

言葉がなかなか出てこない。ラグナは、ちらとスコールの顔を伺う。

思えばこうして2人で会うのは初めてだった。

人を寄せ付けない、という言葉がこの場合あてはまるだろう。
その少年は、依然何も言わずこちらを見ている。

自分の息子ながら、その不機嫌なオーラにたじろいでしまう。

(.........こいつの心を開いた......リノアってすごいな)


ラグナは先ほどアドバイスをくれた少女の言葉を思い出し、ふうと息を吐いて緊張を解こうとした。

「お前に、話しておかなきゃいけないことがあるんだ」(ダメだ、キンチョーする)

「それは、だな」(怒られても、嫌われても、仕方ない、よな)


「!!」
そのとき、足につーんと痺れるような痛みが走った。

ラグナの異変に気づき、スコールは眉間に皺を寄せる。

「悪い、足、つったみたい.......」

ラグナは、片足を引きずりながらテーブルの方に向かった。

(うう、情けない父親だな)


スコールは、何も言わず、ただラグナがずるずると移動するのを見ていた。その視線が痛い。


(喉がカラカラだ......飲み物........)

テーブルの上のミネラルウォーターに手を伸ばし、口に含める。

(よし、これ飲んだら、言うぞ!)

最後の一口は、意外にもスコールの言葉で中断された。

「話って、あんたが俺の父親だってことか?」


ラグナは口に含んだミネラルウォーターを盛大に噴き出した。


「げほっ、けほっ..........はあはあ」


ラグナは必死で息を整えた。


「っ.......どうして?!」

「どうしてって............そんなの、わかるだろう」
スコールは面倒そうな表情を浮かべた。困ったとも言うべきか。

「知ってたんだな......それならいいんだ」
ラグナは肩すかしをくらった気分だった。行き場のないこの気持ちをどうするか、頭を掻いた。

「その.......すまねえな、と思ってさ」
ラグナはぽつりぽつりと言葉を紡いだ。

「なぜあんたが謝る?」

「だって、お前に寂しい思いさせちまったかもしれないし」

「別に。こういう生き方しか知らなかったんだから、寂しいもなにも..........」

「いや、お前にも、家族がいれば.........さ」

「家族がいれば、こんなヤツにならなかったんじゃないかって?」

「同情されるなんて、まっぴらごめんだ」

「俺は自分で選んでこうなったんだ。誰かのせいでこうなったとか、家族がいたら、きっと違っただろうなんて考えたこともない」

その言葉は、彼の目の前の父親らしい存在を拒否するようなものだった。スコールはそれに気づき、少しばつの悪そうに続けた。

「その.............わからないんだ。家族って、どういうものか。ずっとガーデンで育ってきたんだ。あんたにいきなり父親だって言われても、どうすることもできない」

拒絶のようで、しかし裏を返せば、それは彼の戸惑いだった。

「家族.........か。........正直オレもよく、わかんねえ」

でも、この目の前の少年のことを、無性に愛おしく思えた。この少年が抱える戸惑い、不安、苦しみ、そういったものがあれば、一気に引き受けてしまいたい、そんな気持ちになった。
それが家族というものなのか。

「ただ、これだけは言っておきたかったんだ。エルからお前のことを聞いて、すげえ嬉しかったし、今、お前にこうして会えて、オレは嬉しいんだ」

スコールは直球の言葉に、急に恥ずかしさを感じた。こういうのはまだ慣れていない。

その内面をラグナに悟られたくなくて、スコールは、さっと顔を横に向けた。

(なんだ.......可愛いところもあるじゃねえか)

その年相応の仕草に、ラグナは内心くすりと笑った。

(ゆっくり家族になっていけば、いいよな?)

天国で見守っているであろう、その人に彼は心の中で問いかけた。

「なあ、いつか、レインのことをお前に話していいか?」


「別に。あんたがそうしたけりゃ、そうすればいい」

(あれ?意外と素直だな)
ラグナが内心驚いたところで、スコールは口を開いた。


「俺もついでだから、言っておく。黙っているのもなんだし」

「?」

「リノアの姓はハーティリーだ。リノア・ハーティリー。訳あって、亡くなった母親の姓を名乗ってる。
これでわかるか?」

「?」

(ハーティリー?.........ハーティリーと言ったら......)

いまいち落ちていない様子のラグナを見兼ねて、スコールは小さなため息をついた。
そして、もう一言加えた。

「リノアはジュリアの娘だ」


「!」

ラグナは、心の奥底からいろいろなものが込み上げてくるのを感じた。

「お、おい......なんで、あんたが泣くんだ?」
スコールは不測の事態に動揺を隠せない。

「なんか、感慨深いっつーか。感動してよぅ。巡り合わせってやつか?........息子はいつのまにかこんなでかくなってるし、その息子の恋人が、オレが若い頃、好きだった人の娘だなんて.........」
ラグナは鼻を啜りながら話した。

スコールは、この状況に居心地の悪さを感じた。

「用が済んだなら、俺は戻るぞ」

「え..........おい」

(このドライさ。切り替えの早さ!)


(レイン!オレたちの子どもは、たくましく育ってるぞ!)

スコールは話の間、立て掛けていたガンブレードの柄を握って、ラグナに背を向けた。今から、再び何十何百もの月からやってきた凶暴なモンスターを仲間と共に倒しに行くのだ。

(ちと、たくましすぎじゃないか?)
その、年齢に似合わないたくましい背中を見て、ラグナは心の中で呟いた。


(おっと、いけねえ!忘れるところだった!)

アドバイスを求めた少女の、最後の言葉を思い出した。

『スコールは、自分の好きなことなら、きっと食いつきますよ。カードとか、アクセサリーとか』

「スコール!」

「お前、カードやるんだってな!」


ラグナは1枚カードを取り出した。何を隠そう、彼は『スコールのカード』を持っているのだ。


そのカードを見たスコールの瞳の奥が、きらりと輝くのをラグナは見逃さなかった。

「戻ろうと思ったが、気が変わった」

そう言ったスコールの表情には、年相応の少年らしさが垣間見えた。


「勝負だ!スコール!」



彼の声が、大統領官邸の一室に、声高に響いた。


     *   *   *


「あ!スコール!」


リノアがぱたぱたと駆け寄ってきた。

「ラグナさんとの話、もう終わったの?」


「ああ。どうやら、あいつと俺は親子だってことを言いたかったらしい」

「ええっ?!.........そうなの?」
いきなりのカミングアウトに、リノアの声は仰け反った。

「ああ、俺は前から気づいてたけど........って、そんな驚くことか?」

はわはわと手を口に当て、いまだ状況を整理しているであろうリノアに声をかける。

「そりゃ、驚くよ!」

(そっか。それでラグナさん、あんなこと聞いてきたんだ)

リノアは心の中で納得した。


「それで、どう思ったの?スコールは」

リノアは上目遣いで彼を覗き込んだ。


「どうって..........別になにも........」

「何もない」と言おうとしたが、それだと違う気がする。

恋人の言わんとするところを、一生懸命、聞き零まいと、じっと見つめてくるリノアを見て、スコールは思った。

「でも、感謝はしている........うまく言えないけど」


「こうして、リノアに会えたから」

そう言ってスコールは彼女の頭を抱き寄せた。


*  *       *


後日後


「あっ、ラグナさん!」

たまたまリノアは大統領官邸の廊下でラグナを見かけた。手を振って、彼を呼び止めた。

「どうでした?スコールと仲良くなれました?」
にっこり微笑んで、見上げてくる黒目がちの瞳。

ラグナはその瞳に吸い込まれそうになった。
18年前の遠い記憶が呼び起こされる。

(おい、おい)

「?」
一向に返事がないラグナの様子に、リノアは首を傾げた。

その仕草が、遠い記憶を遡った先にいる、ある人物に重なる。

(おい、おい、おい)

「.........ラグナさん?」

(こうして見ると、ジュリアそっくりじゃねえか!)



「ラグナさん?!」


ラグナの目からぽろぽろと涙が溢れるのを見て、リノアは、ぎょっとする。

「ごめんっ、ごめんなぁ、リノア。おじさん、最近、年のせいか涙もろくって..........」

彼女を困らせてしまって、ラグナは謝った。

そこに、たまたま通りかかった人物が1人。

「おい!リノアに何してる!」

リノアの困惑する表情を見つけ、その人物はつかつかと足早に寄ってくる。

その表情は、大切な存在を守るべく、真剣な瞳を湛えていた。


家族が何であるかわからないと言った少年。

ラグナは不安だった。自分のせいで、彼は、スコールは、不幸になってはいないだろうか、と。

でも杞憂だったみたいだ。
リノアの腕を掴んで連れて行こうとするその姿に、ラグナは確信した。

彼には、守るべき、大切な存在がいるから。
いつでも隣で笑ってくれる人がいるから。

(そうだよな、こいつには、リノアがいるもんな)




「お前、手離すんじゃねえぞ」
去り際に、ラグナはスコールの耳元で言った。


一瞬、スコールの動きが止まったように見えたが、彼はリノアの手首を掴んで、ロビーへとつながるドアに向かった。

自動ドアが開くのを待つ間、スコールは誰が聞くわけでもなく呟いた。

「言われなくても、わかってるさ」




(おわり)