この気持ちの正体は



ここはバラム・ガーデン。

ガルバディアから発射されたミサイルを回避すべく、動き出したこのバラム・ガーデンは、コントロールを失ったまま海に入り、フィッシャーマンズ・ホライズン、通称F.H.に追突してしまった。
腕の良い職人の集まるF.H.の人たちにより、ガーデンの機動部は修理され、学園長室があったブリッジで操作できるようになった。

本人は決して望んでいないのに、なぜかガーデンを指揮することになってしまったスコールは、次の目的地を告げ、自室に戻った。そこから、数時間経過したところである。


*  *  *

『よっ、スコール』

『おハロー』

『リノアちゃんが、遊びにきたぞ〜』




(...........めずらしく今日は来ないな)


「ま、その方が静かでいいんだけど」と心の中で付け足し、スコールは自室でガンブレードの手入れをしていた。

「...........................」


なぜか落ち着かない。
このところ、毎日のようにリノアは部屋にやってきては、いろいろ話しかけられたり、部屋の外に連れ出されたり―――――食堂や廊下ですれ違えば、すぐに駆け寄ってこられたりした。

(そういえば今日は会ってなかったっけ)

黙々と作業するスコール。

(なんか、調子狂うな)

先ほど始めたばかりのガンブレードの手入れを早々にやめてしまい、彼はその剣の柄を握って立ち上がった。

(訓練施設でも行くか)


  *    *    *


「あ、はんちょ」
「あら、スコール」


訓練施設に向かう途中、セルフィとキスティスに出くわした。

「ね、リノア、知らない〜?」

「知らない」

「リノア、ここ2、3日身体辛そうだったから、心配してたの」
キスティスが頬に手を当てながら言った。

「.......どこか悪いのか?」

そう尋ねると、2人は少し困ったような表情を浮かべた。

「う〜ん、病気ってわけじゃないんだけど〜」

「オンナのコには、いろいろあるわけよ」

「?」

この知った風な装いに、スコールは少し苛立ちを感じたが、すぐに2人と別れ、訓練施設に向かった。


     *    *     *


「スコール!」

訓練施設に入る手前、スコールはゼルに呼び止められる。アーヴァインも一緒だ。

ゼルは慌てた様子で駆け寄って来た。

「リノアが倒れたって!さっき、保健室に運ばれたってよ!」

(.........リノアが?)


「どうして?」

スコールが尋ねると、アーヴァインが答えた。
「カドワギ先生によると、貧血と疲労が重なったからみたいだよ」

(なんだ.........)

原因がわかって、今日なぜリノアが来ないのかも納得した。
聞く限り事態はそこまで深刻ではないみたいだ。

スコールが訓練施設へと足を踏み出したそのとき、

「おいおい〜!まさか、このまま訓練施設に向かっちゃうの〜?」
アーヴァインが引き止める。

「リノアのこと、心配じゃねえのかよ?」
非難めいた視線を向けるゼル。


「.......................」


(なんなんだよ、まったく)


スコールは溜息をついた。

2人の表情を見るに、どうやらこのまま訓練施設へは行かせてもらえなさそうだ。

「リノアは、まだ保健室にいるんだよな?」
不機嫌にスコールは尋ねた。

「うん、いると思うよ」
スコールからの問いにアーヴァインの表情が幾分か明るくなる。
その言葉にスコールは黙って方向転換して保健室の方へ向かう。

「よろしくなっ」
ゼルが上機嫌に彼の背中にそう投げかけた。


***


保健室に入ると、カドワギ先生がデスクに向かい、椅子に腰掛けていた。

「おや、スコール。リノアのことが心配で来てくれたのかい?」
少し驚いた表情で、カドワギ先生は顔を上げた。


スコールは一瞬、その返答に困った。
先ほど自分を呼び止めた2人の顔が思い浮かんだ。


(別に心配で来たわけじゃない....)

(.........だったら、なんで来たんだってハナシだよな)

(いちいち説明するの面倒だな)


「あ、はい.......」
スコールはとりあえずそう答えた。

カドワギ先生は、その返答に満足そうに頷いた。


「リノアは今は寝てるよ。........軽い貧血さ。それに、慣れないことが重なってただろう?疲れが溜まってるんだよ」

そう言って、カドワギ先生はベッドの方に目を向けた。
スコールも同じように目を向けようとした、その時ーーーー

デスクの内線が鳴った。

「おっと、失礼」

話を遮った電話の受話器をカドワギ先生は手に取る。

「.........え?怪我人?.........うん。........それなら下手に動かさない方がいいね。...........わかった。すぐ行くよ」

カドワギ先生は、ガチャンと受話器を置いてスコールの方を向いた。

「訓練施設で怪我人が出たらしい。私は今からそっちに行ってくるよ。でも、休んでるリノアをここに1人残しておくわけにもいかない。だからスコール、私が戻るまで、リノアのこと見ててくれるかい?」
そう言いながら、カドワギ先生はてきぱきとした動きで救護バッグを抱え、出ていってしまった。

「え..........」

抗議の声を上げようにも、もう遅い。

保健室には、ベッドを区切る白いカーテンの揺れる音が耳をかすめるだけだった。

スコールは今日何回目かの溜息をついた。



少し開けられたカーテンの隙間から、おそるおそる中を覗いてみる。

リノアはベッドに仰向けになり、ブランケットを半分ほど被り、眠っていた。
いつもはせわしなく動いている彼女の身体が、こうも動かないということに多少違和感を覚える。

少し開いた唇の間から息が漏れ、それに合わせるかのように胸の辺りが規則正しく上下していた。
顔色もいつも通りで、ただ眠っているだけのように見える。

(なんだ、大したことないじゃないか)

立っているのも微妙だと思ったので、ベッドの脇に置いてある簡易椅子に腰掛ける。
目のやり場になんとなく困ったので、彼は俯いた。


* * *


保健室特有の消毒の匂い。
風のせいでカーテンレールが微かに動く音。

リノアは意識を取り戻した。しかし、瞼が重くて、まだ目を開けたくない。

(わたし・・・・・・校庭に行く途中で、倒れちゃったんだ)

アンジェロと一緒に外で本でも読もうと思って校庭に行く途中―――階段を下りるところまでははっきり覚えている。

最後の階段をちょうど下りるところで、ふわっと宙を浮く感覚がした。その後、たまたま近くにいた生徒に支えられて、石階段に頭を打つようなことは免れたが。

だんだんと意識もはっきりしてきて、重かった瞼をゆっくり開ける。

ここは保健室だ。

状況を把握しようと、視線をあちこちに向ける。

白い天井、無機質な壁、風に揺れてちらちらと視界に入るカーテン。そして、その脇に椅子に腰掛けて俯いている人物が1人。

(・・・・・・?!)

「す、す、スコール?!」

リノアはぎょっと仰け反る。

俯いていたスコールが顔を上げ、リノアの方を見る。
そして、ぶっきらぼうに応えた。

「・・・・・・ああ」

「ど、どうしてっ?」
リノアは、自分の顔が熱くなるのがわかった。

「・・・・・・カドワギ先生に頼まれた。訓練施設で怪我人が出たから、そっちに行ってくるって。その間、ここにいるあんたを見ているようにと」

(なーんだ。そういうことか)
リノアは心の中でちょっと期待していた。彼が「心配してきてくれていたら」と。

少し残念だったが、ここにいる理由を真面目に説明するスコールの姿がなんだか可笑しくて、リノアはくすりと笑った。

「何がおかしい?」
急に彼女が笑い出すものだから、スコールは怪訝そうに眉をしかめる。

「ごめんごめん!たいしたことじゃないの。・・・・・・ありがとう、スコール」
リノアは微笑んだ。理由はともあれ、彼が自分のために時間を使ってくれたことが嬉しかった。

向けられた視線に、スコールはふいっと顔を逸らす。
なんとも言えない、胸のざわつきを感じたからだ。


(カドワギ先生に頼まれたって言っているけど・・・・・・・・いつからスコールはここにいたんだろう?)
リノアは少し考える。それと同時に、一種の恥ずかしさが沸き上がる。

「ね、寝顔見た?!」

いきなり大声で問い詰められ、スコールは少し身を引いて驚いた様子で彼女を見る。
リノアは真剣な眼差しで、彼の返答を待っている。

(なんだよいきなり)

「寝顔がどうしたんだ?」と彼は心の中で呟いた。
それの何が重要なんだろうか。
眉間に皺が寄る。
(これだから女子は苦手なんだ)
返答の正解が何であるのか想像もつかない彼は、とりあえず正直に答えた。

「・・・・・・そんなには・・・・・・・・・」

スコールの返答に、リノアは自分の体温が上がるのを感じた。

「そんなには、ってことはちょっとは見たんだ!」

「・・・・・・・・・・・・」
スコールは押し黙った。自分は頼まれたからここにいるだけであって、こんなに責め立てられる筋合いはない。

(なんだよ、俺、ひどいことしたか?)

「人の部屋には、ずかずかと入ってくるくせに」と心の中で思ったが、口に出すのはやめておく。余計に面倒なことになるだけだ。

「・・・・・・悪かったな」

この場に居心地の悪さを感じて、スコールは立ち上がった。
「俺はもう行くぞ」

と、そのとき――――――

「ま、待って!」

立った瞬間、呼び止められ、黙ってリノアの方を見る。

リノアの顔は幾分か赤くなっていた。
ブランケットを両手でぎゅっと握りしめる。

「も、もう少し、ここにいてもらえない・・・かな?」

そう言って、彼女はブランケットをたぐり寄せ、鼻先まで上げた。
その布の上に、二つの黒い瞳を覗かせる。

「・・・・・・カドワギ先生が、戻ってくるまでで、いいから・・・・・・」
いつもの元気のよさとはまた違う、消え入るような声だった。

笑ったり、怒ったり、と思ったら急におとなしくなったり・・・・・・
彼女の行動を全く理解できない。スコールは内心ため息をつく。

(なんだよそれ、命令か?)


「・・・・・・了解」
不機嫌に応えて、再び椅子に腰を下ろした。


リノアはブランケットで半分顔を隠したまま、再びベッドに背中を預ける。
鼻まで覆った布越しに、隣に腰掛けた彼のことをのぞき見る。

スコールは椅子に腰掛け、終始俯いたままだった。
表情はよく見えない。

それでも、リノアにとって、恥ずかしさと嬉しさの混じった、くすぐったいけれど幸せな時間だった。


  * * *


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

スコールは椅子に座って、終始俯いたままだった。

さっきからベッドに横たわるリノアの視線を感じる。
だからなのか、なぜか顔を上げられない。

顔を上げたら、彼女と目が合ってしまうから?

自分でも説明のつかない気持ち。

(・・・・・・・・・なんなんだ?・・・・・・これ・・・)




この気持ちの正体に気づくのは、まだ先の話――――――





(おわり)